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道路元標の迷宮

 春夏秋冬叢書「そう」25号連動ネタ。
 今号は「山」特集ってことで、毎号担当している「地名探訪」のページでは旧鳳来町東部の山吉田地区を取り上げてみました。明治22年から昭和31年まで、八名郡山吉田村として存在していた地域です。学校、郵便局、駐在所、JAなどが集まる中心地区の下吉田は国道257号沿いにあり、炭焼田トンネルの向こうは浜松市北区というところ。
 
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 学生の頃から何度も訪れていて(何しに?と聞かれると困る)、今さら何か目新しいものが見つかるんかいな…と思ってたんだけど、行ってみたら目新しいものを発見してしまった。

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 山吉田村道路元標!三河はほぼ探し尽くしたと思っていたのに、まだ見落としがあるとは。
 道路元標とは、市町村間の距離を算出する場合に基準とした標石のこと。大正8年に施行された道路法によりに設置が定められた、オフィシャルなものです。
 当時存在した全ての市町村に建てられた(ことになっている)のですが、戦後に改正された道路法では設置が定めらなかったので有名無実化し、昭和30年代から進んだ道路改修などでどんどん撤去されてしまいました。火の見櫓同様、最近でも撤去例があり、残っているのは貴重品です。
 建っているのはこんな場所。

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 鳳来山吉田郵便局の裏。これは盲点だった。なぜこんなところにあるかといえば、プールのあたりに旧山吉田村役場があったからです。道路元標は役場に設置された例が多く、山吉田もそうだったようです。
 なお、このプールは山吉田小学校のもの。撮影に行かれる奇特な方は、通報されないようお気を付け下さい。

 僕の場合、大学生のときに豊橋郊外で「老津村道路元標」を見つけて以来ことさらこれに執着してまして、存在を知らしめるべく方々で言及しているんですが(自分の関わった本では「国道151号。151話。」「島根県の歴史街道」「知多巡礼紀行」にコラムまで書いている)、関心を示してくれた人はほぼ皆無です。
 文化財的にも軽視されていて、道路元標について触れている市町村史の類はほんのわずか。書いてあっても何のために建てられたのか知らず適当なキャプションを付けている例も多数。島根でお世話になった街道研究の第一人者の先生も、僕から聞いて「初めて知った」というし、郷土史の先生や教育委員会もまず興味を示しません。一番詳しいのはネット情報という有様です。
 こんな具合に、道路元標のマニアックさたるや火の見櫓の足元にも及びません。HINOMI造形的に面白いけど、道路元標は見た目に愛嬌ないもんね。
 う~ん、どうでもいい。 

 ところで、春夏秋冬叢書から「そう」25号に続いて、単行本シリーズ「東三河郷土雑話」も発刊されます。
 豊田珍比古(うずひこ、です。念のため)という豊橋の昔の郷土史家が、昭和36年に発刊した本の復刻プラスアルファなんですが、この本の93ページに「里程元標」という標題で、豊橋市道路元標のことが書かれています。

091215-6.jpg(12/20発刊、3150円)

 本当は、里程元標(里程標)は明治の道路法の産物なので、珍比古さんの記述は若干正確ではないのだけど、昭和30年代の郷土史本にこのネタを取り上げたという点では、画期的といえます(そうか?)。

「邪魔にはなろうが、いつまでもここに残しておきたいものだと思う」
(豊田珍比古from『東三河郷土雑話』)

「本書の刊行を期に、さらなる調査がなされないものだろうか」
(内藤昌康from『島根県の歴史街道』)

 豊橋の偉大な先人と考え方は基本的に同じなのだ!僕のやってるレベルは低いけど…。
(まさ)
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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