FC2ブログ

知られざる88

 先日、某紙の取材で大府市内の7寺でやってる「大府七福神」を回ってみたのだが、大府高校北交差点(R155とR366の合流点)の近くにある大日寺というお寺で、意外なブツを発見しました。

091002-1.jpg

 門前の歩道に建つ「弘法大師霊場」の標柱。この大日寺、知多四国の札所でないので今まで立ち寄ったことがなく、この標柱も完全にスルーしていた。弘法さんと関係がある寺だとは聞いてなかったが…。
 境内に上がってみると、88体の弘法像がずらり。

091002-2.jpg

 おお、壮観。これは大正9年に設置された「本四国八十八ヶ所土砂移奉安霊場」というものらしい。
 知多で弘法さんというと、当ブログでもお馴染みの「知多四国八十八ヶ所霊場」がメジャーですが、文化6年(1809)開創の知多四国の「成功」(?)を受けて、フォロワーの弘法霊場が続々誕生したといわれています。
 後発組でもっとも規模が大きいのは大正14年開創の「直伝弘法」で、これは知多四国と同じく知多郡全域に散らばる88寺をめぐるもの。このほか、「××三弘法」やエリア極小の「プチ八十八ヶ所」があちこちに開かれました。大日寺のこれもそのひとつ。
 さっそく「知多巡礼紀行」の制作でお世話になった弘法道研究家のT先生に電話すると、これ自体はご存じなかったものの、大正時代に本四国の札所から砂を持ってきて霊場を作ることが流行(?)したことがあったそうな。
 かつて知多四国を徒歩で巡った人は、札所でなくても弘法関連寺院であればたいてい立ち寄るのが慣例だったそうで、4番延命寺から6番常福寺の道沿いにある大日寺も、立ち寄りスポットとして往時は賑わったんでしょう。ちなみに知多四国の「番外」札所は、立ち寄りスポットから昇格して加わったところが多いようです。戦前の話ですが。

091002-3.jpg

 ステキな面構えのスタンディング大師も。刻印によると、この88体を彫ったのは岡崎の石屋で長坂ナントカという人。さすが岡崎。各弘法像の台座には一体ずつ寄進者も刻まれており、大府らしく「鷹羽」姓がやたらと多い。
 これ以外にも大日寺の本堂には、定番の弘法木造が安置されていました。こちらは5番地蔵寺と関係が深いそうで、その絡みではないか、と寺の人。

 他の大府七福神の寺で仕入れた情報では、弘法さんの母親を祀った「御母公21ヶ所」とか、市内北崎町の賢聖院&豊明の2つの御堂からなる「尾張三弘法」(犬山・小牧のものとは別)とか、もっとマイナーな霊場もあるらしい。観音系霊場も多いし(南知多三十三観音とか)、まさに百花繚乱。
 ていうか、この異常な乱立状態ってなんなんだ?これを解明すると、隠されていたリアルな知多人の姿が見えてくる…ような気がする。
(まさ)

090708-6.jpg 090708-3.jpg 「知多巡礼紀行&弘法道地図帳」(樹林舎)
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

MARUKA-DO

----------------------
東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
----------------------
まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

月別アーカイブ

全記事表示リンク