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カンバンの手帖ブログ版0101

 古いバスマニアにすらわからないかもしれない、かなりマニアックなネタです。大学時代に北遠を歩いた時のアルバムから。

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(1992.11.18撮影)

 これは、現在の遠鉄バス青谷バス停(浜松市天竜区龍山)にあった「峰之沢口駅」跡の建物内に掲示されていたものです。
 
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(1992.11.18撮影)

 取り壊されて現存しませんが、秋葉ダム湖のほとりにある青谷バス停には、かつてこのような「駅舎」が建っていました。
 上のカンバンはその昔、秋葉ダムが観光名所だった時代のもの。つまり、ここに観光客目当ての売店があり、買い物すると遊覧船に乗れるというサービスをやっていたらしい。ここで何が売られていて、どんな船でダム湖遊覧ができたのか、非常に気になるところですが…。

 しかし峰之沢口といえば、国鉄バスマニアや廃墟マニアにとっては、ここの対岸山上にあった峰之沢鉱山跡に残るこれを思い浮かべるのでは。

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 選鉱場の隅にあった旧国鉄バスの峰之沢口バス停跡(こちらも→●□)。JR化以前に廃止され、その後、龍山村営としてマイクロバスが瀬尻からここまで運行されていたました(現在の運行形態は知りません)。

 これはいったいどういうことか、というと。
 2枚目の写真の端に見える吊り橋、これを渡ったところに、河岸と山上の峰之沢鉱山を結ぶ「インクライン」の乗り場がありました。インクラインは要はケーブルカー。鉱山従業員や家族の便を図るため昭和28年に開通し、昭和43年1月まで運行されてました。ちなみに料金は無料。廃止されたのは、瀬尻から峰之沢鉱山までの国鉄バスが開通したためです(ただ、鉱山は昭和44年末で閉山)。
 つまり、“旧”峰之沢口はインクライン乗り場のアクセス停留所を意味する名前。新路線の開通で「峰之沢口」が引っ越したため、所在地の「青谷」に改称したというわけ。
 もともとマニアックな当ブログですが、マニアックすぎてワケわかりませんかね。

 以下、現在(といっても2008年1月)の写真。

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 “旧”峰之沢口バス停横にあるインクライン連絡吊り橋「峰之沢橋」。昭和32年の竣工。秋葉ダム建設の補償として架橋されたもの。

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 インクライン乗り場跡と思われるところ。

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 インクラインを登った途中にある選鉱場跡。なお、インクラインがどんなものか知りたい方は、浜松市中央図書館か天竜図書館で「龍山の今昔」(昭和45年・竜山村教育委員会)P144をご参照ください。

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 従業員アパートの廃墟。現在、この直下の私有地には柵があり、容易に近づくことができません。このあたりは廃墟マニアにはおなじみでしょう。
 峰之沢鉱山は武田信玄の金山が起源といわれる銅の鉱山。明治時代より本格稼動、個人経営→久原鉱業(株)→日本工業(株)→峰之沢鉱山(株)と変遷し、昭和44年末に閉山しました。この山上に1700人もの労働者が住んでおり、天空都市の様相を呈していたといいます。

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 鉱山跡の北側にある旧龍山村下平山下村集落。かつて鉄筋コンクリートの校舎があった小学校跡付近から見下ろす天竜川&HINOMI。
 なんで今頃こんなネタかというと、拙著「火の見櫓暮情」の補遺編として細々と更新を続けている「三河遠州火の見櫓集成」(→●□)が、刊行から1年半を過ぎてようやく東三河編と西遠州編をまとめ終えたからです。写真ファイルを漁ってたら、いつかここに出そうと思っていたのを忘れていたのに気が付いた。
 過去の企画をいつまでも引きずっていたくないんだけど、まだ西三河編が残ってて、やり始めたら完結させないと気持ち悪いし…。
(まさ)
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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