投稿日:2009-01-14 Wed
読売新聞が「創刊135周年記念」と銘打って「平成百景」なるくだらない企画をやっています。今、紙上で1県につき5〜10か所ほどの候補地(全国300か所)をリストアップした連載をやっており、読者投票をもとに4月下旬に選定するらしいのだが、なにがくだらないかって、愛知県は7か所挙げているのだが、その中に東三河がひとつも入っていないことだ!いや、戦前ならいざ知らず(昔から新聞社はこの手の企画をよくやっている)、今どきこんなことやったって世間になんの影響も与えないので別に入ってなくてもいいのだが、愛知の候補地ラインナップが「犬山城と日本ライン」「サツキとメイの家」「香嵐渓」「名古屋城」「名古屋駅前の高層ビル群」「名港トリトン」「藤前干潟」。サツキとメイの家て!伊良湖岬や鳳来寺山はやはりジブリに負けるのか?
そんな偏狭な三河ナショナリズムはおいといて、話は前後しますが、馬籠の取材のあと中津川市街へ行く途中、マイナー宿場の落合にも寄ってみました。落合宿の中ほど、旧落合村役場跡地の前で、このような巨大道標を発見。

大正11年製で高さは約2メートル。側面に刻まれた銘によると、明治元年に生まれた同い年の仲間10人で金を出し合って建立したもののようです。
正面はご覧のとおり「右 至中仙道中津町1里」と、ごく普通の距離標ですが、他面がマニアック。

一番左に注目。「豊橋屯営96哩(マイル)9分」って!
豊橋屯営とは、明治41年から大正14年まで置かれた第15師団のことで、わが母校の愛知大学豊橋校舎の旧本館に師団司令部が置かれていました。なんでまた東濃の外れの道標にこんな名を刻むのか(しかも他は里丁で距離を表示しているのにこれだけマイル)。寄贈したオッサンたちが15師団に入営していたのだろうか。
ちなみに他の表示は
「岐阜元標22里14丁」…たぶん司町の旧県庁前あたりに元標があったのだろう
「経長野県神坂村至飯田町9里」…神坂村は昭和の大合併で揉めて長野と岐阜に分割
「中央線落合川駅14丁」…大正6年開業

オマケ、本陣付近の落合宿。
(まさ)
師団口なんて駅名渥美線の駅でありましたね。昔・・・
読売は東三河で読者皆無に近いから(率で数%でしょう)しょうがしょうがないかも???
読売は東三河で読者皆無に近いから(率で数%でしょう)しょうがしょうがないかも???
なるほど。
ところで読売ではこの1年ほど毎週日曜日に、「学校は残った」というタイトルで設楽町の田峯小学校(青い目の人形が保存してあることで有名な学校)の長期連載をやっているよ。東三河人には要チェック記事!
ところで読売ではこの1年ほど毎週日曜日に、「学校は残った」というタイトルで設楽町の田峯小学校(青い目の人形が保存してあることで有名な学校)の長期連載をやっているよ。東三河人には要チェック記事!
2009-01-25 日 23:44:42 |
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まさ
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