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常一翁の島

 広島山口福岡旅行の初日に訪れた屋代島、またの名を周防大島(すおうおおしま)は、山口県東部の瀬戸内海に浮かぶ島で、本土とは橋で結ばれています。瀬戸内海の中ではけっこう大きく、現在は合併して1島1町になりましたが、以前は島内に4つの自治体がありました。正直これといった観光スポットもなく、大きい割にマイナーな島です。
 何でそんなところに前から行きたかったかというと、民俗学者・宮本常一の出身地だったからです。

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 日本中を調査して回り、膨大な著作と写真資料を遺した宮本常一は、僕にとっては憧れみたいな存在。近頃どうにも冴えないもんで、ひとつ偉大な先達を生んだ島の空気にでも触れて、己を見つめ直してみようかな、と。
 宮本常一の生まれ育ったところは、島の東部に位置する旧東和町。旧町の中心地区にある「周防大島文化センター」内に民俗資料館兼常一紹介コーナーが設けられているというので、まずはそこに行ってみました。
 宮本常一の生涯は、佐野真一の著作をはじめこれまで多くの本や雑誌で紹介されており大雑把なことは知っていますが、やはり生誕地でその人生の紹介パネルを見ると、ひときわ感銘を受けます。展示されている宮本常一撮影写真も、素晴らしいものばかり。設楽町の田口と名倉の写真も展示してあったのは嬉しかった!どうでもいいけど、名倉の写真には火の見櫓が写っていて、現存する東名倉の火の見櫓(→●□)は500メートルほど南に移設されたものであることも判明。いやホント、どうでもいいですが。
 また、所蔵文献も豊富で、特に伝説の雑誌「あるくみるきく」のすべてのバックナンバーが揃っていたのには驚嘆(まあ、ここにならあって当たり前と言えば当たり前だけど)。一週間くらい滞在して読破したい気分です。

 実はここに来たのはもうひとつ目論見があって、僕がフィールドにしている愛知、岐阜、遠州に、宮本常一がどれくらい足跡を残しているかを調べようとも思っていました。あわよくば原稿のネタにならんかな、と。
 で、結論からいうと、ツネイチ爺さん、ほとんどこっちに来とらんじゃないかい!
 パネル展示を見ると、愛知では設楽町名倉(この調査の模様は、岩波文庫「忘れられた日本」所収の「名倉談義」に書かれています)以外に、東栄町御園の花祭り調査、佐久島の調査、あと豊橋にほんのわずか立ち寄ったくらい(そのときの行動はよくわからず)。遠州は天竜川流域を少々。岐阜に至ってはこれといった調査はナシ。
 う~ん、我が地元には興味がなかったのかなあ?軽くショック。
 でもまあ考えてみれば、いかに「旅する巨人(by佐野真一)」といえども、交通がまだ不便だった時代にこの広い日本を満遍なく歩き回るのはムリってもんだろう。名倉に来ているだけでもよしとすべきか。

 資料館を見学したあと、島を一周してみました。

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 島なのに駅が!といっても鉄道の駅ではなく、かつて島内を走っていた国鉄/JRバスの遺構。路線は現在、防長バスに移管されていますが、駅舎は待合室として利用されており、駅舎内には切符売場の跡や鉄道接続の料金表も残っています。

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 防波堤で寝る女性取材記者。瀬戸の島は静かでのどかだ。思わず寝たくなる。
 そんでもってこの防波堤のそばには、例によってHINOMIが!

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 旧東和町では、これとほぼ同型の火の見櫓を4本確認しました。
 しかし、旅先でも地元でも行動パターンはだいたい同じなんだなあ~。なにが「己を見つめ直す」だよ。
(まさ)

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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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