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湖北のもと国鉄バス終点の集落その2~金居原

 さらに国鉄バスばなし。
 木之本町内には、木ノ本駅から国道303号を岐阜県方面に向かって走り、県境近くの金居原(かねいはら)まで通じていた「杉野線」がありました。

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 この路線は昭和24年(1949)の開業時から昭和50年ごろ(詳細年未調査)まで、2.5kmほど先の土倉まで運行されていました。

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 上の路線図を見ると、終点の一つ手前に「鉱山寮前」とあるように、ここにはかつて銅を採掘する土倉鉱山と、鉱山労働者が暮らす「町」がありました。土倉鉱山は大きな遺構があり、比較的アクセスしやすいためか湖北の人や廃墟マニア等にはけっこう有名。地元の地域づくりグループ「もりのもり」が保全・案内・情報発信に取り組んでいるそうです。
 閉山は昭和40年(1665)ですが、僕が持っている昭和49年発行の国鉄バス路線図にはまだ記載されています。閉山後もしばらくは人が住んでいたのでしょうか。

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 昭和17年に建設された第三選鉱場の遺構の有様から、安易に「滋賀県のラピュタ」などと呼ばれているとか(「岐阜のマチュピチュ」「日本のチロル」的な…)。それはさておき、土倉バス停と鉱山寮前バス停はいったいどこにあったのか?

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 鉱山地区の入り口に位置する金居原は、国道303号の旧道沿いに家並が連なっています。現在の金居原バス停はバスの方向転換場に設置されていますが、もとは現在地より300mほど木ノ本寄り、現在の金居原中バス停のところにあったと思われます。
 で、この待合室をのぞいてみたところ、驚くべきブツが。

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 なんと国鉄バス時代のベンチが二つも!しかも状態がものすごくいい!省エネと略さずに「省エネルギー」としているのも、時代が感じられます。これも、土倉鉱山関連の遺品と言ってもいいんじゃないかなと思うので、地元の皆さんの手でぜひ永年保存を…。


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本書には土倉鉱山関連の写真は掲載していないので念のため。
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MARUKADO

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東海地方を縦横無尽、全国各地に神出鬼没の取材・執筆・編集事務所。
ライター/編集者/媒体によっては撮影も。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
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