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140年前に6年間だけ駅前通りだった道

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 昨年9月に樹林舎から発刊された「長浜・米原の100年」を制作したことを、半年前に読書ブログやインスタで告知しましたが(→●□●□)、その制作期間中(2~8月)に拾った滋賀県湖北地方のネタは、機を逸してインスタ(→●□)に少しアップしただけになってしまいました。今さらですがここで少しずつ出していこうと思います。

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 さて、西濃在住の僕が長浜中心部方面へ取材に行く時はたいてい、国道365号~県道37号中山東上坂線を通っていきます。
 この道筋は、明治16年(1883)に開通した関ヶ原~長浜を結ぶ東海道線の初期ルートで、廃線跡がほぼそのまま道路に転用されています。この区間の運行期間は10年ちょっとと短く、廃止後かなり早い時点で道路整備されたため鉄道の遺構は何もありません。しかし、長い直線や峠越え道にはどことなく「鉄道感」が漂っています。上の写真は米原市藤川と大野木の間で越える小さい峠。写真だとわかりにくいけど、走ってみると鉄道っぽさが味わえるかと。

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 関ヶ原と長浜のほぼ中間地点には春照(すいじょう)駅が設けられました。駅が存在した時期が昔過ぎるため、この駅が掲載された地形図は存在しないのですが、春照集落の中心部と春照駅を結ぶ「駅前通り(ネット記事では「ステンショ道」)」が今も残っており、どこに駅があったのかだいたいわかります。

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 ここが春照駅の跡地。湖国バスの春照下バス停のあたりです。前身の近江バス時代からここにバス停が設置されていたと思います。

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 そして、伊吹山に向かってまっすぐに伸びるこの坂道が“春照駅前通り”。さすがに駅前風情はありませんが、500mもある直線、中途半端な道幅、緩い傾斜は、いかにも近代初期に整備されたっぽい雰囲気があります(→●□)。

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 集落側から眺めるとこんな風景。駅側から見るよりも、どことなく駅前通り風情が色濃い感じ。

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 起点はここ。春照の町並の南の入口で、大きな常夜灯が目印。正面の建物はもと床屋で、現在は高島帆布を使ったトートバッグの工房兼雑貨のセレクトショップ「ateliernicca(アトリエニッカ)」。
 春照は北国脇往還の宿場町で、家並もそれらしい雰囲気がかすかに残っています。地元の人に聞いた話では、北隣に位置する伊吹山登山口の上野集落とはお互いにライバル意識が根強く、今もバチバチな関係とか…?

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◎インスタ〈春照の春夏秋冬〉→●□●□●□●□
◎マルカドポスタル〈0442-3伊吹局〉→●□


(2023.05.09追記)
 現アトリエニッカの床屋時代の写真が出てきた。床屋なのに切手を売っていたとは…。

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(1991.02.13)
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MARUKADO

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東海地方を縦横無尽、全国各地に神出鬼没の取材・執筆・編集事務所。
ライター/編集者/媒体によっては撮影も。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住
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