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西三河における道路元標と役場の関係について-その1

 春夏秋冬叢書「そう」78号連動ネタの道路元標ばなし。
 道路元標は役場前や役場の入口に設置されたことが多く、西三河でもいくつかの事例が挙げられます。

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 たとえば岡崎市東部の藤川村道路元標。旧東海道沿いの藤川宿資料館に立っていますが、ここが旧藤川村役場の跡地になります。東西1.2kmの藤川宿の真ん中あたりで、江戸時代には藤川宿の脇本陣でした。

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(2011.04.10)
 
 豊田市北部の藤岡村道路元標の所在地も、かつて旧藤岡村役場あった場所です。場所は国道419号沿い、藤岡支所の少し南。跡地は広場になっていますが、何かに活用されている様子はありません。立地も面積も中途半端でいかんともしがたし、というところでしょうか。
 消滅した道路元標の中にも、役場前に設置されていたものがあります。

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 岡崎市街の東隣、現在の大平町を中心とした男川村の道路元標は、旧東海道と作手道の分岐点にあった男川村役場の前にありました。HOUSE DOの看板が立つ駐車場が役場跡地になります。画面中央の道路が旧東海道。右に入る道が茅原沢~樫山~くらがり渓谷を経て作手へと通じる道。

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 一見しただけでは役場跡とはちょっと思えないのですが、よく見ると駐車場の土台に石積みがあることに気が付きます。役場用地を造成する際に築造したのでしょう。
 愛知県公文書館所蔵の資料(「道路元標位置図」)によると、道路元標は左端の電信柱のあたりに立っていたことになっています。もしや移設されてないかと思って、男川小、大平支所、西大平藩陣屋跡の公園、大平八幡宮などを探してみましたが見当たらず。なお、男川小学校は5年ほど前に岡崎市内の金次郎像調査をやったとき(→●□)、金次郎像撮影のために許可を得て校地に立ち入ったついでにチェックしましたので、念のため。

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 ちなみに、旧東海道から分岐する作手道(県道35号岡崎設楽線)は、役場跡前から50mほどの区間は道路元標が設置された大正時代か昭和初期に開かれたバイパスです。この道標はたぶん、もとは旧道分岐点に立っていたのを移設したものと思われます。道標を残したんなら、道路元標も撤去せずに残してくれればよかったのに…。
 下の地図の赤点線がバイパス。

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コメント

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まさ(管理人)

Re: 高見彰七作品
非公開でいただいたコメントへの回答です。
当ブログのリンクはご自由にしていただいて構いません。
写真だけ取り出しての掲載はご遠慮ください。 
場合によっては(企画内容とともに本名および住所をお知らせいただいたときなど)、元画像をご提供することもあります。

kopanda06

御礼と御質問
ありがとうございます。
下記にリンク引用させて頂きました。

https://plaza.rakuten.co.jp/kopanda06/diary/202304170000/

じつはMARUKADOさんがご紹介されていた善勝寺の観音像が
見つからないという声があります。
観音像はわかり難い場所にあるのでしょうか?

観音像が破棄されたのではないかと心配しています。

まさ

大変すいません。当時の画像ファイルを見直したら、善勝寺ではなく同じ通りにある来迎寺でした。訂正します。
お詫びに、下記アドレスにご返信いただいたら元画像を提供いたします。
zum00244@nifty.com

kopanda06

ありがとうございます
ありがとうございます。
来迎寺ですね。
引き続き情報を集めます。
非公開コメント

MARUKADO

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東海地方を縦横無尽、全国各地に神出鬼没の取材・執筆・編集事務所。
ライター/編集者/媒体によっては撮影も。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住
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