FC2ブログ

揖斐駅前バス停の今昔/今さら揖斐の近鉄バス0002

 今さらながら揖斐川町から撤退した名阪近鉄バスを振り返るシリーズ。

200609-7.jpg

 養老鉄道の終点で、かつては近畿日本鉄道の最果て駅でだった揖斐駅は、各方面へのバスが発着する揖斐郡最大の交通拠点でもありました。駅を降りると必ずバスが下車客を待ち構えており、古き良き日本のローカル拠点駅の風情に満ち満ちていました。

200609-5.jpg

 バスの待合所はかなり早くに簡素な建物に変わってていますが、記憶では僕が高校を卒業する90年春まではこんな待合所がありました。

200609-1.jpg
(1985頃)
200609-3.jpg
(1980年代後半)

 揖斐駅の駅舎よりも大ぶりな待合室でした。薄暗くひんやりしたこの雰囲気が実に懐かしい…。
 時間帯によっては3台のバスが並ぶこともあったため、方面別に乗り場を設けていました(行列ができるほど乗客がいるわけではないので形ばかりですが)。 ①のりばは、本揖斐行きと大垣方面、文字が消されている②のりばは、たぶん久瀬・藤橋・坂内村方面、③のりばは、春日村および谷汲村方面。「横蔵(谷汲経由)」とあるのは、そのむかし、北方・揖斐峡経由横蔵行きがあったからでしょう。
 切符売り場もありましたが、これらの写真を撮った頃には閉鎖されていように思います。

200609-2.jpg
(1985頃)

 今なら細部まで余すところなく撮るのですが、僕が子供の頃はフィルム代も現像代も高くてなんでもかんでもシャッターを切りまくることができず、このくらいしか写真がないのが残念。

200609-6.jpg

 あとオマケ、昭和61年(1986)の時刻表。毎年1回、近鉄揖斐駅・名鉄本揖斐駅・国鉄大垣駅・揖斐郡の近鉄バスを網羅した時刻表が中日新聞の折込広告として配布され、この年だけ取っておいたおものです。大垣市役所前行きは国道417号を南下するルートで、池野、八幡を経て、赤坂からは大垣赤坂線と重複して大垣市街まで通じていました。
(まさ)
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

MARUKA-DO

----------------------
東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
----------------------
まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

カレンダー

07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

月別アーカイブ

全記事表示リンク