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モニュメント山

 そんなわけで3月あたまからのコロナ休校で、8歳児も暇と体力を持て余しているわけですが、ずっと祖父母が面倒みるというわけにもいかないので、ちょこちょこ近所に連れ出しています。行く先はおのずと地元(揖斐郡とその周辺)の名所やマニアックスポットになることが多く、コロナのおかげで小学生の郷土愛涵養および自分の地元再発見ができていると、せめて前向きに考えております。

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 先月下旬には、揖斐川町の大和(やまと)地区にある「記念碑山」というところに行ってみました。国道303号沿いにある標高94メートルの小さい山です。
 この山があるのは僕の在住地の隣の小学校区ということもあって、興味を覚えたことはこれまで一度もありません。しかし、昨年購入した車に搭載されているカーナビに「記念碑山公園」と表示されているのを見て、この山に名前があってしかも公園化されていることを初めて知り、ならば一度くらいは行っておこうかと思い立った次第です。

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 これが記念碑山。のび太が通う練馬区の小学校のそばにある「学校の裏山」そのものですね。

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 国道303号沿いにある登山口から、NHK-BSの登山番組「グレートトラバース」に出演しているプロアドベンチャーレーサー・田中陽希ごっこをしながら山頂を目指します。

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 しかし、ものの数分で頂上制覇!あっけねえ!
 山頂には東屋や火の見櫓風のサイレン塔、そして戦没者の忠魂碑や数基の墓がありました。記念碑山の中は忠魂碑に由来するようです。予想どおりです。 
 しかし、忠魂碑のほかにももうひとつ、凄い記念碑が建てられていて驚いた。

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 なんと、第一回国勢調査の記念碑である!
 国勢調査は、今も5年に一度実施されるあの国勢調査のことで、それが最初に行われたのが大正9年(1920)。つまりこの記念碑はちょうど100年前に建立されたもの。そのキリのよさも凄いですが、そもそも第一回国勢調査の記念碑なんてものがなかなかの珍品で、石碑マニアの私も今まで見た記憶がありません。

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 建立者は「大和村国勢調査者」。大和村は昭和30年の揖斐川町発足まであった自治体です。石柱の側面には調査結果も記されており「世帯数439、人口男927、女977、計1904」となっています。
 ちなみに、旧揖斐川町を構成する旧町村の、大正9年の人口はどれくらいだったか揖斐川町史で調べてみたところ、揖斐町3349人、小島村3103人、北方村2147人、清水村1181人でした。大和の人口が清水よりも多かったというのがちょっと意外です(町民にしかわからない感覚)。
 せっかくこのような記念碑を発見したんだからこれを活用して、夏休みの自由研究は「揖斐川町にはどれくらいの人がすんでいるの?」というテーマで昔から現在までのグラフでも作ってみたらどうだい?息子よ。

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「ぜったいイヤです、おとうさん」

 小3で統計をやるのはまだ早いか…。というか、自治体の人口推移なんぞに興味のある低学年がいたらちょっと怖い。
(まさ)
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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