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カンバンの手帖ブログ版0414

 知多半島南部限定のローカル媒体でやった新師崎企画の続き。
 今回の企画のテーマのひとつは「師崎・新師崎の食堂や旅館で提供される料理の歩み」を明らかにすることでした。漁師町なので当然ながら新鮮な海の幸が味わえるわけですが、その売り出し方にも地域性と歴史があります。
 今回の取材によって、次のような歴史があることが判明しました。師崎の食のキーワードは「生け簀」「活魚(いきうお)料理」「崎っぽ料理」です。

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かつて師崎では一本釣り漁が盛んだった。この漁法では、魚を生きたまま水揚げする。ゆえに師崎では生きた魚が流通していた。

昭和30年代、鮮魚店が店内に生け簀を設置するようになる(魚鶴か友庄が最初)。

昭和40年前後、師崎の料理店が生け簀を導入。店内で捌いて提供した料理を「活魚料理」と称する(朝日屋か松屋が最初)。

師崎に生け簀が普及し、生け簀を持つ鮮魚店・仲卸・飲食店・民宿で「生け簀組合」を設立。

昭和50年代、活魚料理の呼称が師崎の店に広まり、生け簀組合加入事業者のうち飲食店だけが集まって「活魚料理組合」を設立。

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平成になると、都市部でも生け簀を導入する飲食店や、他地域でも活魚料理を打ち出す飲食店が出てくるようになり、師崎の独自性がやや弱まる。

平成15年頃、活魚料理に代わり「崎っぽ料理」の呼称が考案され「崎っぽ料理伝承の会」を設立。ただし、店によっては活魚料理の呼称も併用。

現在は、崎っぽ料理を打ち出す店、活魚料理を打ち出す店、特に呼称を打ち出さない店(あえて呼ぶなら「海鮮」)の、およそ3パターンに分かれる。

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 そんな歴史があるので、師崎・新師崎では多くの店が「活魚料理」のカンバンを掲げています。師崎以外でも活魚料理の名を見ることがありますが、ここほど密集している地区はないでしょう。
 写真は取材させてもらった新師崎の魚鶴さん。もとは師崎の鮮魚商で、生け簀を最初に導入した店のひとつ。新師崎に移転したのち、飲食店に業態変更されました。店の外と中に生け簀があります。

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 一方、崎っぽ料理をカンバンに大きく打ち出している新師崎の松新さん。崎っぽ料理を中心となって企画したお店です。こちらにも店の外と中に生け簀を設置。

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 活魚料理も崎っぽ料理も定義は同じで、要は「店の生け簀に泳いでいた魚を、注文を受けてから捌いて料理したもの」。刺身だろうが焼き魚だろうが鍋物だろうが、生け簀から揚げた魚を使った料理であればすべて活魚料理であり崎っぽ料理ということになります。
 表紙にも使ったこの料理の写真は、10年ほど前に飲食店の有志で考案し、松新さんほか数軒で提供されている「崎っぽみそ焼き」。特に貝と味噌の相性がよくて美味い。

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 あとオマケ、新師崎開基以前の昭和40年に発行された「南知多町商工観光案内図」より、師崎部分。赤丸で囲った朝日屋に「活魚」、松屋に「活け料理」の文字が見えます。朝日屋さんは国道247号沿い、漁協のちょい東で今も営業中。松屋さんは現在のファミリーマート師崎的場店のところに何年か前まであったお店。
(まさ)

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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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