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カンバンの手帖ブログ版0412

 春夏秋冬叢書「そう」66号連動ネタで、根性椹の続き。というか、根性椹とは関係なく稲武の話題。
 そんなわけで稲武の市街地を久々に歩いてみたら、あちこちでこのようなカンバンに遭遇。

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 稲武の歴史クイズだ!何かと思って検索してみると、どうやら2011年から実施されていたイベント「稲武検定」の問題で、豊田市における地元住民主導型の地域づくり活動補助金事業「わくわく事業」に採択された取り組みのようです。
 この問題の答えが、昔から掲示してある左の案内板に書いてあります。歴史案内板の類は、読むのが面倒くさいのでよほどの歴史好き以外にはスルーされがちですが、こうやってクイズを出されれば読まずにはおれません。いいアイデア。

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 老舗の運送業者、大和屋の前にもQカンバンとAカンバンを並置。高札を模した歴史解説のAカンバンのほうは、確か旧稲武町時代に設置されたものだと思います。

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 その大和屋の玄関の扉を見ると「製材 木炭 運送業」の文字が。稲武はかつて、木炭生産が盛んだった時代がありましたが、いまだに木炭の文字が残されているのは貴重では。

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 んんん?ひっかけ問題だろうか…?

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 そのたばこや商店。稲武を代表する食料品店である。
 蛇足情報をひとつ。稲武市街からいちばん近い中規模スーパーマーケットは、足助のパレットか岩村のバローで、どちらも約25km。この小ネタ、町外の人は知っておいて損はない(得もないけど)。

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 町の中央部に立つ武節村道路元標の前にも問題が。一部好事家しか興味を持たないようなマニアックな標石にまつわる、ウルトラマニアックな問題でも出されるのか?と思いきや、城に関する問題でした。なお、この問いの答えを私は知りませんので、各自お調べください。

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 ちなみに武節(ぶせつ)というのは稲武市街の東側地区の地名です。名倉川を境に西が武節、東が稲橋となります。稲武という地名は、昭和15年に稲橋村と武節村が合併した際に両村から一字ずつ取ってできました(ただし、角川地名辞典によると江戸時代にはすでに「稲武宿」という通称名が使われていたらしい)。写真は、武節から名倉川に架かる大橋ごしに稲橋を見た風景。武節には商店が建ち並び、いっぽう稲橋は古橋家の本宅、役場、小学校、田口高校稲武分校、郵便局、名鉄バスの車庫、豊田信金の支店が集まる行政の中心といった様相です。
 さらにちなみに、稲橋という地名は現在の住所表記上では存在しません。平成17年に稲武町が豊田市に合併した際、旧稲武町稲橋を「豊田市稲武町」に改称したためです。「合併しても稲武の名を地名として残したい」という住民の意見によるものでしょうが、稲武よりも古い稲橋の名を捨ててしまったことはどうも釈然としない…。
 地名選択の経緯を知っている方がおられましたら、ぜひご教示ください。
(まさ)

◎2011年の稲武の話題●□

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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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