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街角の豊橋競輪

 初G1開催記念、豊橋競輪の90年代前半の思い出の続き。
 昔は豊橋競輪の案内板や案内ボックスを市内のあちこちで見たものです。公営競技のある町の景観には欠かせないアイテムと思っていましたが、今ではあまり見られなくなりました。

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(1994.03.31)

 市電の競輪場前電停と井原電停の間にあったうどん屋の跡にあったチラシボックス。

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(1993.07.22)

 渥美線小池駅前にあったチラシボックス。僕は南栄にあったチラシボックスからよく出走表や開催案内チラシを取ってきていました。

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(1994.01.14)

 渥美線高師駅前の大型開催案内板。加古家具や高砂殿の看板も豊橋っ子には懐かしいのでは。

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(1994.08.17)

 豊橋駅が橋上化される前に存在した、豊橋駅東西連絡地下道にあったカンバン。この昭和なロゴは味わい深かった。
 公営競技場の場名ロゴは、既成のフォントを使わず、おそらく昭和30~40年代に各場が独自に作成したものをずーっと使い続けている例が今も見られます(大垣競輪のこのロゴとか→●□)。

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 ちなみに、案内板に描かれているイラストは「早すぎたゆるキャラ」のリンリンです。カワイイ!
 今では「まくる君」に取って代わられたので使われていませんが、場内数か所に忘れ去られたようにイラストが残されています。なぜウサギで、なぜ3番車なのかは不明。しかしこのリンリンは、玉野のガッツ玉ちゃん、観音寺の銭形くんと並び競輪史上もっとも優れたキャラデザインのひとつだと思います(そんな話題が誰の共感を得られるというのか…)。

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(1994.08.17)

 あとオマケ。豊橋駅東西連絡地下道には「二俣線ホーム下」の案内プレートがありました。天竜浜名湖鉄道に転換する以前の国鉄二俣線が豊橋駅に乗り入れていた時代の遺物です。なぜこんなものを取り付けたのか意味が分からないけど、たしか東海道線や飯田線のプレートもあったような気がします。
(まさ)
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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