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宗吾霊堂の石モノ探索

 首都圏の寺に行くと、東海地方ではあまりお目にかからないアイテムがけっこうあってなかなか楽しいものです。千葉県宗吾霊堂の石モノからその一例を。

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 まずは境内地を囲う石塀。こまかなデコボコの石の「台」の上に、御影石らしき石で作った柱と桁の「枠」を置き、その中に別の種類の黒い石で作った「石板」を嵌め込んでいます。さながら石の見本市の様相。勉強不足ゆえそれぞれの石の産地はわかりませんが…。
 中央の柱に「松竹興行株式会社」とあるのは、将軍への直訴で磔刑にしょされた佐倉宗吾の物語が「義民伝説」として歌舞伎や義太夫などの演目になったので、その関係でしょう。

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 台の部分には、浄瑠璃の一系統である新内の流派の名前も。こういう寄進者の銘を見るだけでも江戸近郊っぽい。

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 参道にそびえ立つ、明治・大正期の件増と思われる謎のタワー。上部に拡声器が取り付けられているので案内放送のための設備でしょうか。タイル状に貼られているのは寄進者銘板で、東京の商店、工場、遊廓などがびっしり。

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 愛知県だと岡崎産の御影石灯籠が圧倒的シェアを占めますが、こちらではいつも見慣れた岡崎の灯籠の風合いとはまた異なります。

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 で、なぜかこの灯籠の寄進者が多治見の人!いったい何者で、どういう関係が?突き止めたい…。

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 あと、寺の施設とは関係ないですが、境内に面したバス乗り場に建てられていた記念碑。平成20年にバス会社の千葉交通が会社設立百周年を記念して建立したもので、会社のルーツが明治から戦中まで宗吾霊堂-成田駅前-成田山新勝寺門前を結んでいた「成宗電気軌道」であることを記しています(→●□)。それにしても、なぜこんなに細くしたのだろうか。

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 同じく寺と無関係の石モノで、境内に面した駐車場の一隅にある公津村道路元標。隣に立つ細い柱は、ここに移設されるまでの経緯を記した案内板。こういのは細くてもいいけど…。
(まさ)
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コメント

nao

細い細い
行く先々でひっかかってくる、っていうかピックアップしてきちゃう歴史関係の闇マイナー事象に、私も舌鼓を打って楽しませていただいております。

まさ

闇ってほどでは。

ナオ

ま、確かにね
ただし、こういうのって誰も書かない。注目しない。

まさ

注目されないのを承知で書いているけど、人に言われるとカチンときますネ。
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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