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鷲沢風穴の父

 春夏秋冬叢書「そう」64号連動ネタ。
 その鷲沢風穴を改めて見物すると、昭和の香りがいい感じに“密封”されてて(洞窟だけに)、ほんわかした気分になってきます。ほんわかって言葉がまた昭和っぽいですが…。

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 水神の池である。このあたりの雰囲気は水神と聞いてもさほど違和感ないというか、洞窟としてオーソドックスな感じ。

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 ナメクジ街道である。どうゆう事?

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 模造鍾乳洞?どうゆう事?鍾乳石をセメントで作ったのか?だとしたらなんのために?

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 蛙神である。なぜ賽銭をあげなくてはいけないのか、などという野暮なことを言ってはいけません。
 ここに挙げた「水神池」や「ナメクジ街道」のほかにも、洞内の見どころには「地獄谷」とか「斬られ岩」などの名称が付けられています。命名者は、鷲沢風穴の発見・開発の立役者である三遠洞くつ研究会会長の本馬静也氏とのこと。どういう経歴の方なのか資料がないので全然分かりませんが、たぶん愛知・静岡の洞窟界の重鎮だったのでしょう。
 事務所の方によると、鷲沢・滝沢の恩人ともいえる本馬さんを祀る祠が近くにあるというので、なんじゃそりゃと思って風穴取材のあと立ち寄ってみました。

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 場所は鷲沢風穴の少し手前、アクセス道路沿いに立つ「「仰天の滝」の案内板に従って細い道を少し入ると、小さな鳥居と社が現れました。背後の崖の上から「仰天の滝」が流れ落ちているので、一見すると水神でも祀っているのかと思ってしまいます。

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 社を覗いてみると中に小さな祠が安置してあり、その上に本馬さんの写真が!…って、本馬さんを祀っているということなのか?もう一度詳しい話を聞きに行くべきか迷ったけど、記事のテーマからどんどんかけ離れていくので追究はまたの機会に…。
 図書館の文献資料でもネットでも本馬さんの名前はほとんど引っ掛からず、風穴と祠だけではどう評価していいのかイマイチわからないのですが、洞窟にかけるものすごい情熱を持った方だったのは間違いないはず。実はもっと顕彰されるべき人物のような気がします。
(まさ)

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コメント

nao

すごそうな人であったことは分かります。
この人にスポットをあてますと、松竹映画『砂の器』(原作:松本清張)との連関も、なさそうですわな。でも、三遠洞くつ研究会なるものが組織されていたり、会長に本間静也氏が就任し、こうして現人神みたいに祀られておりますところをみると、この村落にとって、風穴は、非常に大切ななにかだったのでしょうね。御賽銭奉納洞窟みたいですし。

まさ

観光資源という意味では大切だったでしょうが、もともと宗教的な意味はほぼなかったと思います。

裕美

本馬静也は 私の祖父の兄です。
小学生の頃 おじさんに風穴に連れて行ってもらった 記憶があります。
ここだったのかなぁ…。
おじさんは、年中 穴の中にいて、泥だらけの服とヘルメットがトレードマーク。
でも、たまに 会えば 物静かな人でしたよ。

祠の存在は 初めて知りました。
久しぶりに おじさんに会いたくなりました。今度 行ってみます。
ありがとうございます。

まさ

なんと本馬さんの縁者の方からコメントをいただけるとは。ありがとうございます。あと、文中で本馬さんを「本間」と書いており、大変失礼いたしました。修正いたしまた。
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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