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GOD(O)姉ちゃん

 夏休みも終わるというのに、まだ続く養老鉄道自由研究シリーズ。
 今回の研究のため、8歳児と一緒に安八郡神戸町の中心駅である広神戸駅に、久々に立ち寄りました。神戸というと「こうべ」か「かんべ」と読む人が多いと思いますが、西濃の神戸は「ごうど」です。
 駅名になぜ「広」が冠されているのかは不明。先にできた東海道本線の神戸駅と区別するためとは思いますが、どこから広が出てきたのか?たとえば「大名古屋」の「大」的なもの?子供のころから疑問に思っているのですが、答えてくれる資料にはいまだ出会ったことがありません。誰か教えて。

190831-1.jpg

 駅舎は建て替えられて久しいですが(→●□)、ホームの木製ベンチおよびレール転用支柱の古い屋根は健在です。

190831-2.jpg

 昔のホームの跡も健在。写真では見えませんが、ホームの向こうには側線のレールも残っています。いつまで行き違いをやっていたかは知りませんが、僕が初めて近鉄揖斐線(われわれ地元民は大垣-揖斐間のことをこう呼ぶ)に乗った昭和50年代前半頃には既にこのような状態でした。
 側線があったのは、この駅から揖斐川河畔にある東邦レーヨンまで、約1.4kmの専用線が伸びていたからと思われます。

190831-5.png

 この路線の現役時代も知りませんし、廃線跡にレールが残っているのを見た覚えもありません。wikiには運行期間を「1950年代から1970年代半ばまで」と書いてありますが、神戸町史には記載ナシ。運行している頃の写真も、この線を取り上げた鉄道雑誌等も見たことがなく(あったら教えて!)、幻の路線です。
 ついでなので、久しぶりに廃線跡も辿ってみました。

190831-3.jpg

 いかにも廃線跡転用道路らしいカーブ。

190831-4.jpg

 工場に突入する路盤。シブすぎて言葉もない…。
 東邦レーヨン揖斐川工場(神戸町史によると当初は大垣工場)は昭和27年の開設で、神戸町の熱心な誘致によりできたようです。おそらく開設当初から専用線があったのだろうと思いますが…。後継の東邦ナテックスは昨年4月に廃業。揖斐川の堤防から構内がよく見えるのですが、広い敷地に建ち並んでいた社員寮や社宅群もきれいさっぱり取り壊されてしまいました。
(まさ)
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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