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職人技 on the 屋根0023

 春夏秋冬叢書「そう」62号連動ネタ。
 他地方に行った三河遠州の産物や人物の来歴と変貌を、わざわざ現地に出向いて探るという珍企画「三遠南信産××育」は、大正12年に雄踏町山崎(現浜松市西区)の安寧寺から京都の建仁寺に移設された三門を取り上げています。いつもは自力でネタを探しているのですが、今回はキーワードの「門」に合わせて編集部からリクエストされたもの。
 安寧寺といってもたぶん地元の人くらいしか知らないでしょうし、僕もこの取材まで全然知らなかったのですが、江戸時代には遠州を代表する禅寺のひとつだったようです。

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 そんな寺から、京都の超有名寺院に移設された三門がこちら。なかなか見事。建仁寺のパンフレットにも、この三門が雄踏安寧寺からの移設であることが明記されています。

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 あまりに見事なので、角度を変えてもう一枚。取材に行ったのが12月上旬で、京都は紅葉の終わりかけでした。
 建仁寺には俵屋宗達の風神雷神図屏風のレプリカやら茶祖栄西の碑やら安国寺恵瓊の墓やら庭園やら法堂の天井絵やら見どころがありすぎて、三門に注目している観光客はさすがにそんなにはいませんでした。もし浜松からの修学旅行生が建仁寺に行くことがあれば、話の種にぜひ押さえておいてほしいところ。

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 ちなみに屋根の軒丸瓦は建仁寺のオリジナル。近年葺き替えたのでしょう。これが高浜産の三州瓦だったら三河ネタで食っている自分にはオイシイ話だけれど、関西圏のよしみで淡路瓦かもしれません。

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 目的は三門でしたが、いちおう境内も全部堪能してきました。美しい庭をぼーっと眺めていると「わざわざ京都まで来て遠州産とか三河産とか、何言ってんだオレ?」という邪念がよぎり、にんともかんとも…。

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 ちなみにこの三門がもともとあったのはここ。一段高い場所にある安寧寺本堂の下の空間がそれです。
 三門があった当時の写真は寺も持っていないようですが、明治20年代に東京の出版社が制作した県別名所旧跡銅版画集に収録されており、羽衣出版が「静岡県明治銅版画風景集」として復刻していますので、興味のある方は静岡県内の図書館にでも行って閲覧してください。その本は雄踏図書館にはあります。
(まさ)

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コメント

nao

スゲー探究
この移設話、まったく存じ上げませんでした。勉強になりました。

まさ

こんなマイナーな話をもし知っていたなら、よほどの遠州マニアかもしくは安寧寺の檀家でしょう…。
非公開コメント

MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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