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新しい駅前界隈のブルース

 鹿島神宮とその門前町(鹿嶋市の中心市街地)は、さすが関東屈指の大社という賑わいっぷり。

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 町は丘の上にあるためか、どことなく開放的というかサッパリした印象です。関東平野の端っこで海の近く、という地理的特徴も独特の雰囲気の要因になっているようで、東海地方で鹿島に類似する門前町がちょっと思い浮かびません。
 で、せっかくここまで来たので、ついでに鹿島神宮駅も見て行くことに。

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 鹿島神宮駅は参道から北に分かれる坂道を下って、徒歩10分ほどのところにあります。参道の賑わいとは対照的に、「神宮坂」と名付けられた駅前通りは超閑散。鹿島線は本数が少ないので、列車で参拝する人も多くないのでしょう。本当は我々も成田線~鹿島線と乗り継いで来てみたかったのですが、列車が少なすぎて断念した次第。
 人の少なさに加えて、開発途上の新興住宅地のように未活用地がポコポコあるのも気になります。なんだか妙な風情だな…と思ったら、坂の途中に一帯を区画整理したときの記念碑が建っており、碑文を読んで納得。

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「竣工記念碑」
 かつてこの地は清冽極まりない御手洗川が貫流し、周辺は緑豊かな斜面に囲まれて四季折々の野趣に富み、人煙も疎らな田園地帯であった。
 昭和四十五年八月、鹿島開発の進展に伴ってこの地に国鉄鹿島線が開通し、鹿島神宮駅が開設されるや、鹿島臨海工業地帯の陸の玄関口として駅周辺の整備の機運が盛りあがりをみるに至った。
 ここに至って、水と緑に囲まれた活力ある都市づくりを目指す町は、地権者との協議を重ね、駅前広場、都市計画街路等公共施設の整備と、併せて土地利用の増進をはかるべく、昭和四十七年三月、鹿島臨海都市計画鹿島神宮駅周辺土地区画整理事業を起工したものである。
 事業に当り、特に軟弱地盤対策、家屋移転等数々の困難を克服し、ここに本県東部における拠点都市鹿島神宮駅前整備の完成をみたのである。(以下略)
昭和六十三年三月吉日


 つまり、もともと神宮の北側には何もなかったのだけれど、鹿島臨海工業地帯が開発されたのに伴って50年ほど前に鹿島線が開通し、駅と神宮を結ぶ道を造ってその沿道に商業用地や宅地を造成した、ということらしい。しかし、思うように開発が進まず、このような中途半端な駅前通りになってしまったのでしょう…。

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 坂を下り切ると、いかにも日本鉄道建設公団仕様といった風情の鹿島神宮駅がありました。愛環の岡崎-新豊田間の各駅と同じような感じで(→●□)、開業から約50年たって味わいも出てまいりました。
 ホームに停まっているのは水戸行きの鹿島臨海鉄道。7歳児は「いいなァ、乗りたいなァ」と言っておりました。おとうさんも乗りたかったですヨ。列車に乗って、果てのなさそうな茨城の奥地へとさまよい込んでみたかった…。

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 待合室では、今ではあまり見かけなくなった昭和のアイテム「エロ本回収ボックス」こと白ポストに遭遇!サッカーの町らしくサッカーボール付きで、側面にはイエローカードのイラストも。警告の対象は大人なのか、子供なのか…?
(まさ)
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
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活動拠点…西三河・知立市
まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身

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