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知多四国のオカ右衛門

 寺に寄進された岡崎産の石造物といえば、岡崎の名工が手掛けた名品を美浜町の野間大坊で最近発見しました。

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 野間大坊は、言わずと知れた知多半島きっての有名寺院、知多四国霊場第51番札所です。
 今年、知多四国は開創210年のメモリアルイヤーということで、その記念宝印が納経帳に押してもらえます。10年前から知多四国研究に取り組み(研究?)、だいたい一年おきに記事や書籍作成に携わっている私も、記念宝印目当てで久々に巡拝しております。といっても一般の巡拝者のように一気に回るのではなく、知多半島での仕事の合間にチョコチョコ寺に立ち寄っているのですが…。
 で、野間大坊にある岡崎産の石造物がこちら。

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 境内の入口に立つ背の高いお地蔵さんです。昭和9年に名古屋の人が寄進した「開運地蔵尊」で、台座に刻まれた製作者の銘を見て驚いた。

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 なんと歴史的名工、長坂順治の作なのである!
 長坂順治は、昭和3年に二宮金次郎の石像を初めて作った人物です。その第一作は、鶴舞公園で開催された御大典奉祝名古屋博覧会に出品されたのち大阪の人に買い取られて現在は所在不明ですが、昭和4年に手掛けた第二作が岡崎市西阿知和町の県立岡崎聾学校に残されており、これが「学校おける二宮金次郎の石像の第一号」とされています。

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 これが聾学校に立つ金次郎の石像。今年の2月、岡崎ルネンサンスのサイト(→●□)で金次郎ネタを書いたときに撮影したもの。
 「愛知県教育100年史」によると、あるとき長坂順治が、金次郎の石像は時代にマッチした新商品として「イケる!」と閃き、盟友の成瀬大吉(狛犬の名工→●□●□)とともに商品開発に取り組んだのが、岡崎産金次郎石像の始まりとか。その長坂順治はもともと地蔵が専門だったといいますが、これまで彼が手掛けた地蔵には出会ったことがなく、銘入りを見つけたのはこれが初めて。
 弘法大師が導いてくれた、知多と岡崎の不思議な縁に感じ入るばかりです(考えすぎ)。
(まさ)

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◎マルカドブックス
金次郎本→●□
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コメント

杉山

長坂順治のお地蔵さんは確かに珍しいですね。
石工さんの作品に対する思い入れ?なのか、銘を彫ってある像は
余程自信があるのか、何か事情が有ったのでしょうか。

長坂順治の金次郎像は、私は7体確認しています。
あと馬頭観音が2体(足助・稲武)、毘沙門天が緑区にありました。
まだ、たまたま見つけて無いだけで実はまだたくさん有りそうに
思います。
ただ劣化で消えてしまったり、像の後ろが見えない事があったり、、
まぁそこまで夢中になってるわけではないので。

まさ

馬頭観音と毘沙門天は興味深いですね。マメにチェックしなくては…。
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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