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カンバンの手帖ブログ版0376

 春夏秋冬叢書「そう」60号連動ネタ。
 他地方に行った三河遠州の産物や人物の来歴と変貌を、わざわざ現地に出向いて探るという珍企画「三遠南信産××育」では、今回、吉良横須賀出身で愛知二中(現岡高)OBの小説家、尾﨑士郎を取り上げています。東京に出て小説が認められ、宇野千代と結婚し、今の東京都大田区馬込に住み始めたところ、作家や画家が馬込界隈に集まるようになり、いつしかそこは「馬込文士村」と呼ばれるようになった…という、その中心人物が尾﨑です。漫画界におけるトキワ荘みたいなものでしょうか。
 大田区は馬込文士村を「地域史の重要トピック」として割と盛んにPRしてきており、文士らの居住地に案内板を建てたり、尾崎士郎の居宅を記念館にしたりしています。こりゃ「そう」で取り上げるには好都合ってんで、6月に用事があって上京したついでに徘徊してみました。
 以下、テレビの散策番組風にダラダラとお送りします。
 
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 そんなわけでやって来ました、東海道本線大森駅。国鉄書体のスミ丸ゴシックのでかい駅名が、実にいい味を出しております。安易にCIカンバンに取り換えたりしないのがJR東日本のいいところ。

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 駅前には馬込文士村の散策案内板が。こんなシブい話題でこんな大きな案内板を作るとは、大田区の熱の入れようが窺えます。

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 まず行ってみたのは、大森駅東口から南方向へ徒歩約10分、マンションなのか公共施設なのかよくわからない区立山王会館という建物の中にある「馬込文士村資料展示室」。文学好きには面白いんじゃないかと思います。

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 見物ののち一旦駅方向に戻り、今度は駅から北へ約8分ほどのところにある日夏耿之介(ひなつこうのすけ)の居宅跡へ。日夏は飯田市出身の詩人。いちおう「そう」エリアの人なのでチェックしてみました。
 東京らしい狭苦しい住宅地の中で、なんというか、ここに三遠南信ゆかりの人が住んでいたと言われても「はぁ…?」という感じ。まあ、東京らしいと言えば東京らしく、非東京人には物珍しい景観が味わえて興味深くはあります。

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 そして今回の取材の目玉、高級住宅街の中にある「尾﨑士郎記念館」。文士村消滅後、昭和29年から10年間暮らした家です。
 在住時には書斎もあったのですが、書斎部分だけ出生地の旧吉良町に移設されています。血迷ったか大田区?三河人サイドからすれば一部分だけでも貰えてよかったとも言えますが…。

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 ここまでは閑静な住宅地で、カメラなんかぶら下げてキョロキョロしていると不審者に見られるんじゃないかとオドオドしていましたが、大通りの馬込銀座交差点に出てようやく人心地。
 大森駅からここまでは山王というエリアで、この先が馬込になります。山王まではそこはかとないハイソ感が漂っているのに対し、馬込エリアは若干それが薄れたような風情です。名古屋でいえば、千種区の池下から振甫のほうへ下りて行ったような感じ(たとえがわかりにくい)。

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 馬込エリアに入ったとたんに、三好達治と今井達夫の案内板に遭遇。

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 その近くの塀には、閑静な住宅地らしからぬ落書きが。今どきこんなものが!?東京ってスゴい。

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 さらに住宅地に入り込んでゆくと、尾﨑士郎と宇野千代の案内板を発見。ほぼオリエンテーリングの様相を呈してきました。もう面倒くさくなったので、案内板探しはこれで打ち止め。
 三好・今井の案内板に比べて微妙な隙間があるのは、のちに二人は離婚しており、それを設置の仕方で表現したものと思われます(テキトー)。

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 二人の案内板の周囲はこんな感じの住宅地。記念館付近の高級住宅地や狭隘住宅地に比べるとイマイチ中途半端な風情な気も。

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 しかし、周囲にはこんなワイルドな坂もあったりして、地形的にはなかなか面白い。馬込文士村のあった大正末期から昭和初期は、一帯はまだ丘陵地に広がる農村だったそうで、そういうところを切り開いて宅地化していったことがわかります。

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 そんな坂の途中にある「大田区立郷土博物館」にも立ち寄り。馬込文士村関連の展示もさることながら、農村時代の紹介が面白い。キュウリやニンジンなどが特産品として知られていたそうです。先の資料室とも、特に取材依頼せずガチでぶらりと行ったので、館内撮影の許可は取っておらず写真はありません(それで取材なのか…?)。

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 最後は、名前がオシャレな(だけど店はそんなに多くない)「馬込文士村商店会」を歩いて、都営地下鉄浅草線の終点・西馬込駅前へ。いや~、シブいぶらり旅だった…。これに地元で出会った人・土産・食ネタが入ればそれなりの散策モノ番組として成立するでしょうが、そう都合よくはいかないのでした。
 なお、取材執筆に先立って尾﨑士郎の代表作「人生劇場」を岡崎りぶらで借りて読み始めたものの、主人公が三河から上京するところまでで挫折しました。長すぎて…。
(まさ)

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◎マルカドブックス
馬込文士村を知った経緯→●□
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コメント

ナオ

尾﨑士郎の「人生劇場」って、早稲田大学の人以外には退屈ずら。「ホーデン侍従」だけは、めちゃくちゃおもしろかったですよ。二度と再刊行されないエログロナンセンス創作でしたが。私は、あれを、外化粧箱付きで持ってます。ボロボロですが。岐阜県の本巣の奥にある薄淡桜を「私、このごろ、なんだか死なないような気がするんです」とか言って守った宇野千代さんの化け物ぶりと離れた尾崎士郎は、大正解だったんじゃないですか?

まさ

記事を書いてはみたものの、尾﨑の作品にも人生にもそんなに惹かれる部分はなかったのが正直なところで…。

nao

確かに…。
それは、よーくわかる気がします。大田区には、この旧跡案内板、多いですよね。高校生時代に読んだ「田端文士村」とともに「馬込文士村」で、記録作家の近藤富枝さんには惹かれました。私の関係する企業の東京事務所が、池上線の池上本門寺駅の駅前にありますから、馬込だの大森だの青物横丁だの、頻繁に出入り致します。また、そこから、港区の三田や田町にまで通うんです。どういう展開なんだ? それにしましても、あの尾崎士郎、評価もイマイチですよね。馬込という地域も中途半端ですし。西尾市の尾﨑士郎ゆかりの仁侠寺院、吉良の仁吉の墓石のかけらが、勝負ごとに縁起がいいとかで、ビニール小袋にその削り取った墓石粉を入れて100円くらいで売ってました、10数年前の出来事でしたが。今は、どうなんでしょ。冴えんなぁ、あの作家おっさん。
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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