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高浜土管刻印集成

 高浜の土管を出したついでに、常滑にならって(→●□●□●□●□)これまで収集した刻印を…。

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 前の記事の土管は「日本陶管」。高浜本町通りの南のほうの坂道の両側(現青木町7・8丁目)に昭和50年代まであった工場です。操業していた頃は日本陶管の隣にもう一社あり、その坂は高浜の土管生産の中心という意味を込めて「土管坂」と呼ばれていました。現在、工場跡地は住宅地になっており、往時の面影はありません。
 なお、日本陶管の工場は刈谷駅南口にもありました。その跡地にできたのが「みなくる刈谷」です。

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 こちらは「森組陶管」。ここと日本陶管が高浜の二大土管メーカーだったのか、今のところ見つけた刻印はほとんどがこの二社。

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 高浜で土管といえば、大山公園の入口にこんな逸品があります。高浜町観光協会が昭和31年に設置したもので、今は門柱みたいにになっていますが、完成当時はなんとアーチだったとのこと。シブすぎる!

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 で、これを寄贈したのが森組陶管。

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 公園の奥へと進むと、かわいいタヌキの置物が二体あります。こちらは昭和30年に地元有志が寄贈したもの。信楽焼のタヌキと違って茶一色というのが高浜らしくていいですね。

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 で、この子たちの焼成を請け負ったのが日本陶管なのでした。地元の名所を舞台に二大メーカーが鎬の削り合い!実にシブい戦いである。

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 このほか、安城の高棚でTetsuya Komuroのサインが入った土管も発見しました。「高」の字があるので高浜のメーカーなのでしょうが…。
(まさ)
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コメント

すぎやま

高浜の陶彫
常滑の土管はまだ需要が有るようですが、高浜はかなり以前に撤退(廃業?)
してたんですね。今は瓦が主ですから。

陶器産業の街には、どこでも陶彫家がいたようです。産業になったかは別ですが。
大山公園の門柱にある「彫刻 窓庄」については以前調べてみました。
高浜小学校の金次郎像を見に行った時に正門横の「楠正成親子像」に「窓庄」の名があったので。
窓庄は、鬼瓦の業者(鬼師)でした。
陶彫も手掛けていたんでしょうね。もしかしたら金次郎像もやってたかも知れません。

高浜小学校
http://kinjiro.a.la9.jp/takahama.htm

まさ

常滑でも土管はすでに生産されておらず、セラモールあたりで売られているのは在庫処分のようです。土管ではないですが、電気ケーブル埋設用の「電纜管」という陶管の一種を専門に作っているメーカーはあります。
鬼師の窓庄、気になりますね~。
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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