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カンバンの手帖ブログ版0366

 その梶谷を徘徊していたら、観光目的の訪問者(ここへ観光に来る人がいるとは思えないが)を村の鎮守へと誘う小さなカンバンを発見。

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 「伝承の里 三条神社 梶谷自治会」と手書きされた、ものすごくそそる雰囲気のカンバンです。山の中でよく見かける、中部電力の送電鉄塔の作業路表示板のような…。

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 導かれるままに行ってみると、拝殿の脇に公民館を併設した三條神社の拝殿があり、ここにも手製の案内板が。割と最近に設置されたもののようです。

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 少し想像力を必要とする文章ですが、興味深いので以下に全文を。

伝承の里「梶谷」
 梶谷集落は八重河内川支流梶谷川の奥谷に位置する集落である。梶谷開郷の詳細は不明である。田集落で出土する土器は確認されない。
 伝承では、大先祖織右衛門が富士浅間様を伊勢路から背負って梶谷の舟窪(高町)に住み着いた。下和田地籍の伊勢路地名、小瀬戸地籍の中馬沢地名(伊勢では中馬野)、鎌倉姓(伊勢ではいせかまくら)は伊勢にも存在する。
 又、鍛冶屋(梶谷)の首領、鎌倉権五郎景政の墓とされる「草創先祖等」と刻字された供養塔が確認される市内上郷雲彩寺(※1)の宝篋印塔は、鎌倉権五郎景政の墓とされる。田中八幡護老神社(※2)は、鎌倉権五郎景政が勧請したとされる。近隣の北浦遺跡からは鍛冶鋳物が出土し、製鉄遺跡とされる。
 尚、地名学においては梶谷地名は急傾斜地「噛む」かじるとされ、削られた谷と解釈できる。遠山谷には他に二ヶ所が確認されている。

(※1 飯田市上郷飯沼にある寺/※2 飯田市上郷にある神社)

三條神社
 別称三條大権現として創建され、詳細は不明である。安政三年(1858)、三條大権現として再建された。いつの時代かヒヨウ(日雇い)が京都の三條河原から丸石三つを背負ってきたのが、現在の祭神とされる丸石三つである。太古からの石移動信仰である。伊勢神宮にも川祓所(三つ石)信仰が存在する。
 関野三社は別称関の石神社で、祭神は関の明神・関の御方・関の大神の三神で、大正九年(1920)東岸字東宮地籍からも聖観音像と共に三條神社に合祀された。勧請元は大津市逢坂の関蝉丸神社(別称関明神)とされる。
 聖観音像は本村、西浦、袋井との一木四体の姉妹像とされる。合祀前の観音堂には室町時代永享九年(1437)、願主宗信・願主与一大夫幸宗と刻字された鰐口が存在した。願主与一大夫幸宗の「大夫」は祝の系統の舞大夫と思われる。現在、鰐口は東京国立博物館に所蔵されている。

(いずれも句読点・改行・文字の適宜補足は筆者)

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 拝殿にはお願いの張り紙も。

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 この神社への参拝者は年に何人もいないと思いますが、素朴なカンバンからあふれてくる土地への愛着に感じ入るばかりです。
(まさ)

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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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