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なつのおやこたんけんたい0002

 春夏秋冬叢書「そう」56号連動ネタ。
 地名探訪で取り上げた設楽町三都橋の小字「無知押(むちおし)」は、文章が女性取材記者、写真はわたくしが担当し、チョー久々に夫婦合作となりました。いやはや、ドーモ…。
 無知押の場所は、国道420号の折立の三差路(赤沢弁財天の霊泉のところ)から県道365号に入り、旧三都橋小学校をすぎたところにある行戸集落の上の、山の中になります。



 事前に設楽町史を参照したところ、どうやら昔は一軒だけ家があり、子授けと安産に御利益のある「無知押坊主」なる祠があったらしい。上の地形図で十字のアイコンのところ、オレンジ色の小さい四角が無知押の一軒家の跡なのですが、今も道が通じているのか非常に怪しい感じです。
 しかし、一度下見にいったとき行戸で出会ったお婆さんに聞くと「もう何十年も行ったことないけど、道はまだあるはずだぞん」と言うではでないですか。

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 ならば行くしかないってんで、後日、家族そろって無知押を目指すことにしました。
 なんでまたこんなところに6歳児を付き合わせたかというと、過疎地の現状を体感させ、かつ男の子らしい冒険心を養おうという教育方針によるものである。…ということでは全然なくて、前の晩に友人家族らと裏谷の「きららの里」のコテージに泊まり、午後3時ごろまで奥三河で遊んで解散した帰りだったからです。せっかく設楽の山奥に来てるんだし、出直すとガソリン代もかかるんで…。

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 県道365号沿いに立つカンバンの左側から山道に突入。すぐに道は険しくなりますが、6歳児はときどきすべり落ちそうになりながらも果敢に進んでいきます。冒険心を刺激されるのか、意外なほど楽しそう。
 距離は大したことないのですが、けっこう急な斜面と子供の足ということで30分くらいかかって、ようやく無知押に到着。

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 そこで我々一家が目にしたのは、落石で無残にも破壊された「無知押坊主」の跡でした。大人なら一瞬ぎょっとする光景ですが、6歳児はまったく動じず。

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 そして、昭和44年まで人が住んでいたという廃屋にも6歳児は興味津々で、遺物を探したりスマホで写真撮ったり存分に楽しんだのでした。この両親にしてこの子あり。
(まさ)

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ちなみに、無知押へのアクセスルートは二つあり、今日紹介したのは青ルートです。

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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

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