瀬古ビッチ&ドワルスキー

2017年07月14日
 春夏秋冬叢書「そう55号」連動ネタ。
 セコは基本的に「狭い道」を意味すると書きましたが、田原市に行くと「瀬古」の文字を当てる小字が40ほどあります(例:野田町辻瀬古、福江町上紺屋瀬古など)。大学時代に豊橋に住んでいた僕は「セコは道の意味」との認識があったので、これはどういうことかと前から疑問に思っていたのですが、今回の取材で渥美の方に聞いて初めて謎が解けました。本誌にも書いたとおり、渥美半島でセコといえば、集落の一部分の集まり=コミュニティのことだったのです。それが小字の地名として現れる場合もあれば、地名ではなくても隣組のような集落内組織を「セコ」と呼んだりもしているとのこと。

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 それを端的に表わすモノが何かないかいな…と考えたとき、旧赤羽根町赤羽根地区の秋葉山常夜燈を思い出しました。

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 台座部分に「瀬古中安全」と記されています。この箇所は「村中安全」となっている場合が多いのですが、赤羽根では村を意味する言葉が瀬古であることを、これが示しているのです。
 この常夜燈は字枝古ですが、地元の人に聞いたところ自分たちの村のことを「枝古瀬古」と呼んでいるとのこと。
 これで赤羽根の瀬古にいい感じのセコ道があれば完璧ですが、そう都合よくはいかない。細い道こそ多いものの軽自動車なら通れたり、雰囲気的にもうひとつパンチがなかったりと、いささか微妙。
 
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 字枝古と字市場の境に一本だけ、このような味わい深い道を見つけたのですが、木立の中に入り込んで行くこの道は「建物と建物の間に通じる小道」というセコの概念とはちょっと違う。

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 この道を抜けると海岸に出ます。おお、雄大。こんな景色を眺めていると、チマチマとセコ探索しているのがアホらしくなってきますネ!
 などと言いながら、三河湾を挟んだ一色や幡豆でもセコを小集落の意味で使うと書かれている郷土資料もあるので、このネタはもう少し追究してみたいところではあります。
(まさ)
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東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
セコ
いつも楽しく拝見しています。セコというのは、私も家と家の間の狭い道と思っていました。碧南の高齢者は、その意味で使っています。文脈上、集落をセコと言っている覚えがありません。仕事柄高齢者と話す機会が多いので、そのあたりを私も聞いてみます。
No title
ありがとうございます。ぜひ情報をお寄せください。
ちなみに私の父の実家のある岐阜県揖斐郡旧久瀬村では、部落内の「班」の意味でセコを使っているということを先日初めて聞きました。意外に話が広がってしまい、どう解釈したものか悩んでいます。

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