三浦さんと杉山さん

2017年07月05日
 春夏秋冬叢書「そう55号」連動ネタ。
 カメラマンAさんとともにいざ形原のセコに入り込まんとしたとき、県道321号沿いでこのような石像を発見。

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 三浦萬太郎という人の像です。どんな人だったのかが台座の裏に刻まれており、以下要点。

◎明治2年に形原本町で生まれた医師で、慈善事業に情熱を注いだ
◎その形原本町は土地不足解消のため大正末年から昭和4年にかけて海岸の埋め立て工事が行われ、土地造成後に造られた道路の建設費用を萬太郎氏が寄附した
◎埋立地は「三浦町」と名付けられた
◎萬太郎氏は昭和16年没、石像は昭和19年の建立(なぜ戦時中にこのようなものを?)

 地図を見ると三浦町の地名は小字として今なお生きています。

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 このような見事な石像を作ったのはやはり岡崎の石工なのかなと思ったら、地元の石工・杉山喜平治の名前が刻まれていたので驚いた。おお、形原にも名工がいたのか!
 そこではたと気が付いた。このレベルの石像を作ることができる人ならば、二宮金次郎もお手の物ではないか?

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 そこで「そう43号」でやった「東三河の小学校の二宮金次郎を全部撮って載せる」という無謀な企画のために撮影させてもらった形原小学校の金次郎像の画像を見直してみたところ、うーん、ちょっと作風が違うかなあ…。
 もしこの金次郎が杉山喜平治の作品であることが判明すれば、金次郎研究業界に一石を投じることになるのだが。何か調べる術はなかろうか(そんなこと調べてどうするという話もあるけど)。

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 ついでに書いておくと、形原小学校にはなぜか二体の金次郎像があり、もうひとつは陶製です。どうゆう事?
 杉山喜平治のことはぜんぜん調べておらず、なんとなく郷土史等にも記載がなさそうな気がするので、もしこの人について何か知っている人がいたらぜひ教えてください。

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 ということで、最後は形原・三浦町の船だまり。
(まさ)



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東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
面白いですねー。
各地を走りまわってる!?と、時々こういう「得体のしれない?」像に
遭遇します。たぶん地元の名士かなにかだとは思われますが、誰?という
事が多いですね。
で、近所の人に聞く訳ですが、ほとんど分からないか、もしくは妙に詳しい
古老につかまったりして小一時間語られたりしたり。

片原小学校の二体の金次郎もナゾです。なんで石像と陶像なの?
もう、恐らく70年以上前のことを知ってる人はいないか、いても
見つけるのは奇跡みたいなものです。そして意外と資料(沿革史)にも
残ってないんですよね。

杉山喜平治が形原町の石工だという情報が妙にそそられます。
大まかに言えば形原あたりも「三河」なんだということで、形原在住の杉山喜平治が石工だったということも想像できませんかねー。
No title
岡崎の石業界は昭和初期に造形作品の技術力向上に力を入れていたので、杉山さんも岡崎で修行した可能性が高いと思います。

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