オールドキャッスル

2017年07月02日
 発刊からだいぶ経っておりますが、春夏秋冬叢書「そう」55号が発売中です。今号のキーワードは「古」。私は例によって「地名探訪」「三遠南信産××育」に加えて、東三河方言のひとつ「せこ(世古・瀬古)」と飯田線長篠城駅の前名の「長篠古城趾駅」の文章を、女性取材記者(まり)は飯田市の飯田高校にある日本最古の現役ピアノを担当しています。
 私の書いた記事のひとつ「長篠古城趾駅」は、開設の経緯を探ってみたら意外なドラマがあった、という内容です。

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 詳しくは本書を買ってご覧いただきたいのですが、要点は以下のとおり。

◎大正時代、忠君の手本たる鳥居強右衛門を顕彰する機運が地元で高まっており、関連する重要史跡である長篠城跡を横切る鳳来寺鉄道の敷設工事対して反対運動が起きた
◎それに対して鳳来寺鉄道は「スンマセン、城跡の近くに駅を作らせてもらいますんで…。あと、本丸土塁を壊すのは最小限にとどめますんで、どうかひとつ…」と地元と覚書を交わした

 つまり長篠城駅は、バーターで生まれた駅だったのである!
 とはいえ、鉄道側は観光客誘致のために最初から駅を置くつもりのところ、横槍が入ったんでこのタイミングで話を出して反対の声を収めた、という可能性もありますが…。

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 でもって覚書を交わして工事した結果、このような形状になったと。最小限といっても合理的に考えればこのルートで線路を敷くしかないわけで、本丸土塁がざっくり切り取られています。
 手前の踏切は旧駅名を思わせる「古城跡踏切」という名称。これを渡ると野牛郭跡を経て寒狭川・宇連川合流点の川岸まで下りられます。

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 ちなみに、開通当時のこのあたりの様子を写した絵葉書が、近くにある医王寺(武田勝頼が本陣を置いたことで有名な寺)の資料室に展示してあります。さらにちなみに医王寺には民具等の収蔵庫もあり、そこには豊鉄田口線三河大草駅の駅名標も保管されているのでマニアは必見!

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(1995.04.18)

 古い絵葉書を出したのでオマケ、開業以来の駅舎があったころの長篠城駅も。
 鳳来寺鉄道に対する反対運動の経緯については、長篠城址史跡保存館元館長の山内祥二さんが編集された「報告書 丸山彭の世界‐初代館長の二十年‐」という労作に詳しく書かれてて非常に面白いので、興味のある方は新城の図書館あたりでぜひご覧ください。
 あと、鳥居強右衛門に関してはこちらも→●□●□

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