小二宮

2017年04月23日
 先日、幸田町六栗(幸田駅の西側)を通りかかった際に未見の八幡宮に立ち寄ってみたところ、鳥居の横に二宮金次郎像を発見。学校でない場所に金次郎像が建つ例はたまにあります(こことか→●□)。

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 昭和9年に寄進されたもので、台座には「立身斎家而以守国土」とあります。ただ、台座の割に像がかなり小ぶりです。もしかすると以前は銅像で戦時中に供出されて、戦後に石像を再建したのかもしれません。小さい金次郎像も例があり、個人購買者向けに製造されたタイプではという話もどこかで聞いたような気が…。

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 ここにはこのような「五輪記念」の幟立ても。背面に昭和39年と建立年が刻まれていたので、東京オリンピックのときに建造されたのでしょう。
 そういえば先週放映されたNHK連ドラ「ひよっこ」で、茨城の村で村民による聖火リレーが開催されたという回がありましたが、六栗でもなにか独自の記念イベントが行われたのかもしれません。
(まさ)
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西三河雑 | Comments(6) | Trackback(0)
Comment
No title
小学校以外にも金次郎像はいますね。
神社にも時々見られます。
近隣の小学校から移築されたか、最初から何かの理由で
神社に設置されたのかは、よく分かりません。
この像は、台座とのバランスからも明らかに建て替えられた像でしょうね。
ただ、以前の像が金次郎像だったのかは
碑銘の文字から想像するとちょっと疑問な点もあります。
連休中に調べに行ってみようと思います。
No title
ぜひ調査結果をご教示ください!
No title
氏子総代だった住民に聞きました。
昭和57年ごろ昭和15年生まれの人達の初老記念で再建されました。
初代の像は戦時中の金属供出で無くなったけど金次郎像だったのかは
記憶が無いそうです。
台石の文字は、金次郎少年が読んでいたとされる「大学」に似た部分が
あるので初代像も金次郎像だったかもしれません。
未確認ですが、初代像の寄付者は岡崎に出て建築設計士で成功?した
越山周三郎でしょう。
「五輪記念」の幟立ては昭和39年の東京オリンピック記念で
建てたんですが、本来鳥居の両脇に有ったのを、道路拡張で車が
頻繁にぶつかるので移動したようです。
右側二本は壊れて再建したようです。
その老人に六栗の歴史を一時間くらい語られてしまいました。
No title
レポートありがとうございます。
五輪記念の幟たてのかつての状態は、GoogleMapのストリートビューで確認できました。
No title
お話を聞いた老人が言っていた六栗の歴史の中で、
頻繁に出てきた家康の家臣「夏目 吉信(なつめ よしのぶ)」
について調べてみたら、実に面白い(興味深い)人物でした。
夏目漱石の祖先という話もあるらしいし。

家康は若いころは結構情けなかったようです。
大樹寺の話や中山八幡宮で岩穴に隠れた件もあるし。
夏目吉信に、三方ケ原の戦いで身代りになってもらったようです。
歴史に詳しい古老!生きてるうちに聞いておかないと、、、。
No title
地元のネガティブ偉人?ちょっとイイ話ですねえ~。

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