下関市北部の諸名所&HINOMI

2017年01月28日
 宇賀本郷駅のほかに、友人の案内で回った下関市北部の旧豊浦郡豊浦町・豊北町あたりの名所をいくつか。

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 豊北町二見地区にある「夫婦岩」。国道9号の断崖直下の巨岩で、前日に注連縄の張り替え神事が行われたとのこと。二見浦の夫婦岩というと東海地方の人間にとっては伊勢のそれしか頭に浮かびませんが、こちらもなかなか。

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 豊浦町川棚地区にある国指定天然記念物「川棚のクスの森」。楠の巨木の樹勢が猛烈すぎて一本だけで森のように見えるので、昔からこのように呼ばれているとのこと。天然記念物の楠というと東海地方の人間にとっては蒲郡の「清田の大クス」しか頭に浮かびませんが、こちらもなかなか。

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 そして同じく川棚地区にある「虚無僧墓」。墓なのに御堂て、どうゆう事?

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 中を覗くと本当に墓が!御堂に墓だけ祀られているところというと東海地方の人間にとっては…ありそうだけどパッと思い浮かばない。
 この前に建てられている中国自然歩道の案内板には、この墓のなかなか壮絶(?)な由来が書いてありました。以下、全文引用(改行は筆者)。
 
 天保年間(西暦1830~1843年)のころ、一人の虚無僧が小野の地にやって来て、尺八を吹いているとき以外は酒ばかり飲んでいました。そんな虚無僧を村人たちは、敬遠していました。ところが、村の娘が山賊に襲われたとき、娘を無事に救い出したのは、この虚無僧でした。
 弘化3年(西暦1846年)9月15日、朝から「ウンウン」唸っていた虚無僧は、突然、川棚川の河原に走りだし、大きな岩に頭を二度三度ぶっつけて倒れました。死ぬ間際に虚無僧は、「私は脳を冒されたために何もしてあげられなかったが、私の墓を建てて酒を供えてくれれば、あなたたちの苦しみを和らげてあげよう」と言い残して息を引き取りました。
 村人たちは、虚無僧が頭の痛みを和らげるために酒を飲んでいたことを初めて知り、墓を建てて供養しました。河原にあった虚無僧の墓は、大正13年(西暦1924年)、現在の場所に建て替えられました。


 まだ200年も経っていない話だとけっこうリアリティを感じます。この墓の背後には「伝・小野小町の墓」もあるのですが、小野小町は時代が古すぎるし伝説があちこちにあるので、地元の人には申し訳ないがファンタジーな感じ。

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 この墓の前にある路線バスの停留所名は、ずばり「虚無僧墓」。この旅情!次来るときは川棚温泉駅からこのバスに乗ってここで下車してみたいものです。
 で、虚無僧墓から車で北へ5分ほどの豊浦町大河内地区では、例によってHINOMIが!

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 電柱転用で半鐘は双盤という、これまた素晴らしいものであった。
(まさ)
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