ののチャン

2016年08月12日
 先日、とある取材で岡崎駅の近隣の方に「針崎に“をかざきすてんしょ”(=岡崎駅)と記された貴重な道標がある」と聞いたので、近代石造物マニアとしては捨て置けないとさっそく見に行ってみました。

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 どこかと思ってその場所へ行ってみると、例によってHINOMIが!場所は三河一向一揆の拠点として有名な勝鬘寺から線路のほうへ少し入ったところ、針崎公民館の前。火の見櫓天国の岡崎でもじわじわと撤去の足音が聞こえていますが、とりあえず健在でなにより。
 件の道標は、火の見櫓の下に見える地蔵堂の傍らに建っており、この延命地蔵の標石と道標を兼ねたもの。2007年にHINOMIチェックに来たとき見たような気もしますが、当時はHINOMIしか目に入ってなかったので印象に薄い。
 建立年は明治33年。一面に確かに「をかざきすてんしょ」の文字がはっきりと見え「おおっ!」と感嘆したのですが、それよりももう一面に刻まれた地名に驚いた。

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 文字は「左 ふくをか とろ 中しま かたのはら 西のこおり みや」。漢字に変換すると福岡・土呂・中島・形原・西郡・三谷。
 西(ノ)郡は今の蒲郡の中心地区のこと。明治8年に西郡村と蒲形村が合併して「蒲郡」の地名が生まれてからはあまり使われなくなったと思っていましたが、この時点ではまだ通用していたことがわかります。
 形原は蒲郡西部に位置する名鉄蒲郡線沿線の地区で、現在は「かたはら」の読みが一般的ですが、かつては「の」を入れることも多かったようです。一例を挙げると、形原郵便局はいまだに正式な読みが「かたのはらゆうびんきょく」。…このムダ知識、豊橋南郵便局のバイト中に知った25年前から披露する機会を窺っておりました。いやー、まったくもってどうでもいい。
 福岡は、明治22年に土呂を中心に誕生した自治体名。併記は土呂のネームバリューゆえか。なお、この年にはまだ六ツ美村が誕生しておらず、その中心地区の中島が記されています。

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 ちなみに肝心のお地蔵さんはこちら。かわいいぞ。

160812-4.jpg

 さらにちなみに、ここから少し北に位置する柱の綿積神社の角に明治44年建立の常夜燈道標があり、こちらには「左 音野橋 西尾 大浜/右 福岡 幸田 蒲郡」と刻まれています。
(まさ)

(2017.01.21追記)
 日本郵便のサイトの「開局情報(開局・一時閉鎖等)」によると、形原郵便局の読みが1月30日付で「かたのはら」から「かたはら」に改称されるとのこと。

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西三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)
Comment
南〒局でバイト(愛大生デスネ)
地名のブログ好きです!
「かたのはら」とは、年寄り連中が
使っています。
なるほど、ガッテンしました。
どうでもいいネタに共感するのです!
病気ですかね?
丸角日記、日々チェック。
楽しみですヨ。



No title
最初は豊橋局でバイトを始めて、豊橋南局開局と同時に全バイトが自動的に南へ移りました。バイトとしては確か2週間くらい前から出入りし、客としては開業日の朝イチに行っております。
No title
岡崎市細光町郷中の背の低い火の見は健在でしたが、そばの岡崎市滝尻町馬場のは撤去されてました。
No title
う~ん、残念きわまりないです…。

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