関ヶ原石モノ二題

2016年07月31日
 その関ヶ原取材では古戦場をひとまわり。地元の近所の超メジャー史跡なのに、振り返ってみると今まで決戦地ぐらいしか見た記憶がなく、なかなか新鮮であった。

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 ポイントのひとつ、島津義弘陣跡。いやー、新鮮…。

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 陣跡の一角にはこのように、妙な配置で板が並んでいました。見ると名前がびっしり。合戦の戦死者慰霊碑!?いくらなんでもそんなリストはないか。
 もしくは史跡整備の出資者一覧の類かと思ったらそうでもなく、「『関ヶ原戦跡踏破隊』の名碑とのこと。
 史跡解説板に取り付けられた案内によると、鹿児島県日置市(旧伊集院町)の小学生で組織する関ヶ原戦跡踏破隊が、毎年夏休みに関ヶ原から大阪まで島津隊の退路を歩いて辿るという行事を昭和35年からやっており、その参加者の名が刻まれているとのこと。なんというそそる企画!自分が伊集院の子供だったら参加してそうだ。
 
 あと、史跡をめぐっていたら3タイプの石碑が存在することに気が付いた。

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 いちばん古いのは、明治39年建立の史跡碑。地名(場所名)+史跡名を記した小ぶりなもので、町教委もこの石柱そのものの文化財価値を見出しているのか、このように柵で囲ってあります。

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 側面には建立者の「不破郡關原村」の文字が。昔は「ケ」を入れなかったらしい。

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 次いで「史跡關ヶ原古戦場」と記された大型石柱。昭和6年に国の史跡に指定されており、それを受けて建立されたもののようです。設置年は昭和12年と13年があり、今回確認したのは岡山烽火場、徳川家康最後陣地、石田三成陣地、決戦地、開戦地、大谷義継墓所の六か所。

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 そしてもうひとつ、昭和13年に関ヶ原町が建立した道標。
 次に史跡めぐりをする時は、これら石柱のコンプリートに挑みたいと思います(何のために?)
(まさ)
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岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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