タウンサインの研究0067

2016年05月21日
 昨日の続きで飯田市街地。
 飯田市街のストリート名称や商店街名称は、現行地名がほぼそのまま踏襲されているため、三遠南信の他市町のように古地図や資料を駆使して解析する必要はありません。数少ない例外がピアゴ飯田駅前店横のこの通り。

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 右奥の白く大きな建物がピアゴ、写真左側が中央通り四丁目、右側が東和町一・三丁目になるこの商店街は、その名も「ユニー通り商店街」。

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 ユニーのブランド名が消えて久しいが、いまだにその名がこうして生きていようとは!
 教委発行の「飯田・上飯田の歴史 下」によると、ユニー飯田駅前店の開店は昭和49年。ルーツは知久町にあったマルサンという老舗商店で、ユニーの前身である西川屋の傘下に入り知久町でスーパーを開店し、次いで駅前に移転したとのこと。開店当日は飯田線に乗って郊外からも続々客が押し寄せたそうな。
 一週間後には銀座三丁目に西友飯田店もオープンし、この年は飯田の商店街の大転換期だったようです。この時期の地方都市における商業状況(大規模店の進出と既存商店街の衰退開始)の典型例といったところ。
 以下、飯田市街で見かけた商店街&街路灯サインをいくつか。

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 ユニー通りと同じく歩道アーケード用サインのある、通り町一丁目。通り町は一から三丁目までありますが、城下町時代は一から順に番匠町、池田町、田町と称していました。村澤武夫著「大火前の飯田」によると大正10年、これらの町の協議により「通り町」に改称されたとのこと。新町名の由来はこれには書いてありませんが、知久町と広小路(のちの銀座)に対抗すべく連合したのでしょう…か?

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 以前も載せましたが、伝馬町の歩道アーケード用サイン。ユニー通りや通り町に比べて色使いが明るい。

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 飯田線桜町駅前から伝馬町まで続く桜町通りのサインは、上の三つよりも新しい。

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 知久町一丁目の街路灯用サインは、ちょっと凝ったデザイン。

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 松尾町一丁目は行燈風街路灯に松と一のデザイン。

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 銀座の新旧サインには人形があしらわれていますが、これは昭和54年から続く人形劇フェスタ(当初は人形劇カーニバル)に由来するもの。
 他のストリートのサインもだいたい押さえているのですが、アップが面倒だしそんなに書くこともないのでこのへんで…。
(まさ)
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伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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