天竜二俣におけるストリート名称の件

 そう50号連動ネタの「ローカル銀座考」シリーズ。
 今回の企画はローカル銀座の法則性を探るとかいう前に 「隠れ銀座を暴く」のが主眼でしたが、今ではまるで痕跡が見当たらない浜松市天竜区二俣の銀座は、三遠南信における隠れ銀座の際たるところでしょう。
 どこかというと、二俣川に架かる双竜橋から西へ3本目、道幅のそこそこ大きい南北の通りの北側約120mになります。メインストリート(クローバー通り商店街→●□)の西を並走する道です。

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 現役商店は5、6軒といったところ。通称は「西町」。商店街や街灯組織はとうにないらしく、歩いても銀座であったことを示すものは何も残っていません。
 手掛かりは、天竜図書館にあった昭和35年ごろ発行の「日本商工業別明細図NO.2001 静岡県てんりゅう」(東京出版)にありました。掲載されている200ほどの企業や商店の広告を見ていたらパチンコ屋と思しき「娯楽の殿堂 銀座ホール」というのがあり、そこに唯一「銀座通り」と所在地が記載されていたのです。地図を頼りに界隈に行き、老舗薬局の老店主に聞いてようやくここが二俣の銀座であることが判明。

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 老店主によると、古くはこの道が浜松-二俣-北遠各所への街道筋だったとか。現クローバー通りである国道152号旧道が開通したことで、メインストリートの地位から転落したそうな。
 昭和48年度「天竜市広域商業診断報告書」には以下のような記載が。

 当商店街は吾妻町の西側を双龍通りから吾妻町に至るL型の道路沿いにある。昔、この通りは二俣の本通りであったが、152号線の付け替えにより裏通りとなった。
 道路条件の変更、更に23年の火災などにより転廃業する商店が生じ、現在は歯抜けの商店街となっている。だが、盛時を偲ぶものとして、双龍通り入口に、商店街のアーチ
(筆者注・上の写真の場所)があり、この付近に商店が集結している。
(中略)
 会名を「西町銀座」と称し、35年に設立し、会員数は12名(うち商店は10名)である。月200円の会費を徴収し街路灯の維持にあてている。次に、共同経済活動は、商店数の少ないこと、経営意欲の低いことなどから活動はほとんどしていない。

 ここの銀座は旧国道152号沿い商店街のカウンターとして昭和35年に出現したものの、昭和48年の時点ですでに衰退していたということになります。

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 一方メインストリートの方は、南から順に吾妻町・新町・神明町・仲町から成っていました。現名の「クローバー通り商店街」の名前は、母体がこの4つの商店街であることが由来のようです。

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 ついでに書くと二俣は、本来の中心部だったと思われる「本町」が寂しい状態で、昭和35年頃の地図を見ても商店は少ない。これは現国道152号の「城下通り」開通の影響と思われます。
 ということで、例によってストリート名称マップ。

160515-1.jpg※クリックで拡大します

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 オマケ。件の昭和35年ごろの地図に載っているパチンコ屋「銀座ホール」の広告。
(まさ)

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MARUKA-DO

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