恋のアーケード0005-2

2016年05月12日
 そう50号連動ネタの「ローカル銀座考」シリーズ。
 浜松の銀座は、浜松駅南の「砂山銀座サザンクロス」です。ここには昭和43年に初代が建設されたアーケードがあります。本格的な全覆型(歩道だけでなく道路全面を覆うタイプ)は浜松市街でここのみ。浜松商店界連盟が制作した30周年と50周年の記念誌を見ても他の商店街で全覆型アーケードを作ったという記述はありません。過去を遡っても遠州唯一の全覆型アーケードかもしれません(中東遠は詳細調査していないので、もしかしたら昔どこかにあったかも)。

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 老舗タウン誌の浜松百撰が編集した『「街は生きてきた」浜松商店界連盟創立30周年記念誌』(昭和54年)に歴史が詳述されているので、そこから抜粋してみますと…

明治~大正 界隈は「平田新道」と呼ばれる
大正12年 「松菱通り」の東海道線踏切が地下道化され、駅北と駅南が常時往来可能に。これを機に平田新道に商店が集まる
昭和初期 平田新道の商店が「励み会」を結成。東海道線以南で最大の繁華街として発展
昭和5年 浜松駅南口できる
昭和30年 有楽街(駅北最大の繁華街)に触発され、ネオンアーチ建設。
昭和43年 ネオンアーチの老朽化撤去、次いでアーケード建設


 いつ「銀座」を名乗るようになったのかは書いてありませんが、掲載されているネオンアーチの写真に光り輝く「砂山銀座」の文字が見えるので、これを作った時と思われます。
 この銀座の名称採用は、広く見れば駅北全域に対してのカウンター。本誌には「有楽街にクジャクのネオンができて、「負けてはいられない」と青年部が中心地となって作ったのだそう」とあるので、狭い意味では有楽街のカウンターということになるでしょう。

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 現況は残念ながら寂しい感じで、5年前に見に来た時よりも(→●□)商店が減っている模様。アーケード内の商店主に聞いたろところ、2015年末現在の現役はわずか6軒。2014年に浜松信金、2015年夏に静銀が町内から相次いで撤退したのが痛かったらしい。
 できればもう少し人がいる状態で写真を撮ってみたかったのだけれど、アーケード内で月2回開催している朝市イベントも「お客さんはパーッと買に来て、パーッと散っちゃう」という話だったので、まあいいかなと…。

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砂山銀座を含む東西の通り(竜禅寺街道)と交差する、駅から中田島への旧道

 アーケードの中だけ見るとややつらいものがありますが、アーケードの周辺にも商店や飲食店があるし、そもそも浜松駅が砂山町に含まれています。そういう意味では砂山銀座も「にぎわう駅南・砂山エリアのごく一部」と見なせばいいのだろうけれど、それにしても駅近の一等地にこれだけのアーケード設備、うーん、惜しい。
 昨今は維持の大変さからアーケードを撤去する例が多いし、今後の動向にマニアとして注目して行きたいところ。
(まさ)

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遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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