豊橋中心市街地東部におけるストリート名称の件

2016年04月23日
 そう50号連動ネタの「ローカル銀座考」シリーズ。
 さすが豊橋は愛知県第二の都市だけのことはあり、商店街組織もハンパない数が存在し、ひいては商店街組織に基づくストリート名称もなかなか複雑です。その中からいくつか取り上げてみます。
 まずはR259の西側、豊橋銀座と並走するストリートを順番に見てみましょう。

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 銀座の隣りは「広小路4、5丁目」。なんかもどかしい名称ですが、商店街振興組合の組織名称がこうなっています。しかもややこしいことに、正式な住所表記だと大手町・神明町・新吉町・中世古町になり、そもそも広小路は3丁目までしかありません。
 前回記事の参考資料の新聞コピーを見ていただくとわかりますが、この通りはむかし「新広小路」と称していました。改称したのは昭和34年。新広小路のままでよかった気もするけど、どういう事情でこの名にしたのだろう?

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 続いて「大手町協和通り」。前回引用した「豊橋発展会連盟三十年のあゆみ」を銀座調査中にチェックするまで、ここにストリート名称が存在したとは想像もしていませんでした。現在、「協和通り」の名が分かる豊橋市民が果たしてどれだけいるのだろうか。。
 ここは旧町名の「手間町」(→●□)に相当する通りで、「三十年のあゆみ」には「昭和34年、町の舗装を機に街路灯設置の話が持ち上がり、それに伴って発展会を発足させた」とあります。つまり、街灯あってのストリート名称。そんなのでは、知っている人がいるかどうか以前に、ここがそもそも「協和通り」と認識されていたかも怪しい。
 そして以下、このようなテンションの低い記述が。

 発足以来20年間、何等自慢すべき業績も無く、名称そのままに只々、協和の精神を維持するのみにて、誠におはづかしい次第である。これが商店街を形成しない小さな発展会の宿命ではある。
 貴発展会の特徴を、原稿用紙にて200文字にまとめて提出せよと云はれても、会員12名の文字通り10本の街路灯をお守りするだけの、小さな発展会としては、どうにも筆が進まない。
 メガネ店、自転車店、筆墨店、印刷所、紙業、菓子店、タバコ店、洋服店、花店、理容店、畳店が、バラバラに軒を並べる発展会としては、さもありなんと思うのが特徴か?


 うーむ、先の銀座同様、実に正直な記述である。しかし「筆墨店」てのがどんな店だったのか、気になる。

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 それから「大手町観音通り」。こちらも同じく昭和34年の発足で、協和通りと同様の経緯で誕生したものと思われます。ストリート名称は竜拈寺観音堂に由来し、街灯には名称プレートが取り付けられています。
 あと国道1号までにもう一本、商店が点在する大通り「旧東海道」があります。しかしここは「三十年のあゆみ」には載っていません。商発展会組織が存在しなかったのか。あるいは存在したけど何らかの事情で連盟に加入していなかったのか?
 このあたりは突っ込んで調べておりませんので、情報をお持ちの方はぜひご一報を…。

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 で、これらの通りの起点にあたる南北の通りが「大手通」になります。

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「三十年のあゆみ」をもとに、例によってストリート名称マップを作ってみました。誤認箇所もあると思いますので、地元の方にご教示いただけると幸いです。※クリックで拡大します

(まさ)

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東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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