蒲郡におけるストリート名称の件

2016年04月14日
 まだまだ続く、そう50号連動ネタの「ローカル銀座考」シリーズ。ここから東三河編で、まずは蒲郡。
 蒲郡の銀座は、過去にも少し触れた本町銀座(→●□)です。

160413-1.jpg

 アーケードが撤去されてはや五年、あれから何軒かが閉店しています。アーケードのあった頃は「ぎんざ」のフラッグが通りに吊り下げられていましたが、最近は商店街名称も前面に押し出していないみたいだし。
 ここが銀座を称するようになったのは、いくつかの資料を検討したところ、どうやら昭和30年に「防火帯」と呼ばれる長屋ビルが完成したときのようです。それ以前は単に「本町通り」だったらしい。

160413-2.jpg

 防火帯とは、こういう建築物のこと。万が一、町が大火に襲われたとき、このようなコンクリート建築が「壁」となって延焼を防ぐというものです。実際に壁になりうるかどうかは疑問ですが、仮に役割を果たすハメになったら住んでいる人もたまらないでしょう…。
 蒲郡にはここのほか、蒲郡駅北口(広小路)と三谷に防火帯があります。当時は最先端だったのでしょうが、さすがに半世紀を超えるといずれも文化財的な風情が出てまいりました。
 この銀座がどこのカウンターかというと、駅前界隈に対してのものでしょう。「本町」の名が示す通りもともとこのあたりが蒲郡の中心だったのが、東海道本線の開通以降駅周辺が発展して「町の顔」の地位を奪われたため、いちはやく防火帯を建設したついでに銀座を名乗って気勢を揚げたんじゃないかと。
 蒲郡市街地は構造がシンプルなので、ストリート名称も割とわかりやすい。

160413-3.jpg

 蒲郡駅から銀座までまっすぐ伸びる駅前通り。かつての呼称は「駅前本通」。

160413-4.jpg

 蒲郡駅北口、線路と並行する「市役所通り」のうち、防火帯ビルのあたりは通称「広小路」。これは昭和33年の完成。

160413-5.jpg

 駅前通りの西を南北に貫くのは「中央通り」。なお、現行の商店街組織としては銀座通り・駅前・中央通りの三つにわかれています。
 あと、蒲郡にはもうひとつ、蒲郡駅南口の海岸銀座(→●□)がありました。ここはごく近年の区画整理事業で一掃され、往時の街路は消滅しています。
 海岸銀座は映画館と歓楽街から成り、商店街というより遊興地だったようです。古くは「楽天地」という名称でしたが、昭和37年に街路灯が竣工したのを機に「海岸銀座」を名乗ったと思われます(突っ込んで調べていないので、詳しいことを御存知の方がおられましたらご教示ください)。

160413-8.jpg※クリックで拡大します
(まさ)
スポンサーサイト
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
通りの呼称
駅前本通りを
地元では、なかしんどう(中新道?)
と言ってました。
昭和40年代、七夕祭り等も催され、
活気の有る通りでした。
レコード店へ、よく通ったものです。
銀座通りでは、銀座祭りが開催され
今では、絶滅寸前、寂しい限り
(昔を知る者として)です。
No title
地元住民ならではの情報ありがとうございます。中新道って、なんか戦前ぽさを感じる呼び名でいいですね。

管理者のみに表示