岡崎におけるストリート名称の件

2016年04月10日
 そう50号連動ネタの「ローカル銀座考」シリーズ。
 岡崎の銀座は、市街中心部を南北に貫く「本町通り」の商店街組織名です。今では誰も銀座とは呼びませんが、「岡崎銀座商店街振興組合」という組織名は残っています。範囲は「康生北交差点」から「本町三丁目交差点」までで、まさしく岡崎のど真ん中のイメージ。こんな界隈がどこのカウンターとして銀座を採用したのかというと、おそらく東康生が歴史的にも規模的にも岡崎ナンバーワンの商業地だったので、ここへの対抗心からでしょう。

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 銀座と呼ばれるようになったのは、『新編岡崎市史』に「本町銀座発展会が昭和25年に発足」という記述があるので、そのときと思われます。銀座と呼ばれなくなったのがいつ頃なのかわかりませんが、40歳前後の岡崎市民の知人が「ここが銀座と呼ばれていた記憶はない」と言っていたので、昭和50年頃にはもう呼称としては忘れ去られていたようです。

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 岡崎銀座の東側。

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 岡崎銀座の西側。
 岡崎の戦後商業史は『新編岡崎市史』にかなり詳しく書かれています。闇市から公設市場、商店街イベント、アーケード設置、百貨店の登場まで網羅されており、三河の市町村史における商業関係の記述では随一の読み応え。
 ここには昭和20~30年代にボコボコ生まれた商店街組織の名称が数多く記されており、その乱立っぷりから終戦直後のカオスが伺えます。以下列挙してみると…

明大寺通り(東岡崎駅~市電通り)の露天街/中央マーケット(八幡町疎開道路)/松応寺盛り場商店街(松応寺境内)/岡崎セントラルアーケード(S27に新天地に改称)/国際チェーンストア―/タナケンバザー/徳王稲荷境内仲商会(両町)/明大寺マーケット/明大寺バザー/太陽マーケット(伝馬町)/円頓寺商店街/伝馬町三丁目発展会/伝馬町発展会/東宝通発展会/康生一番街/東連尺発展会/中連尺発展会/本町発展会/能見発展会(S27に北・中・南に分離)/伝両発展会/中町五丁目発展会/籠田発展会/タツキ橋通発展会(田町)/伝馬銀座発展会…

 なんだ「伝馬銀座」って!
 他の資料を探したところ、1~5丁目からなる伝馬通は各丁目ごとに発展会を組織していた時代があり、どこかの組織がほんの一時期だけ名乗っていたものと思われますが、まあ、あまり深く追及しても意味がなさそうだし、ここはしれっとスルーということで…。
 以下オマケ。先日廃業したわたくしの古巣であるK出版社の先輩編集者が1989年に撮影したものです。

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 康生北交差点より本町通りを望む。シビコのカンバンが古い。

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 国道1号康生通南交差点歩道橋から本町方面を望む。奥に見える「びさん佛壇店」のカンバンは健在。なお、康生北交差点より南は「康生一番街」「殿橋通り」という商店街組織になっていたようで、街灯にストリート名称が見られます。

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 上の写真の部分拡大。

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 西康生通り。2010年に閉店した松坂屋岡崎店/クレオ(→●□)の前名「レオ」のカンバンが見えます。
(まさ)

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西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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