足助におけるストリート名称の件

2016年03月21日
 そう50号連動ネタということで「ローカル銀座考」、今回から各銀座編。まずは当記事でメイン写真に使われた足助から行ってみましょう。実は足助の町の構造は、ローカル銀座を考察するのにもっとも適した好モデルなのでです。
 足助市街地はおおよそ、旧飯田街道沿いに連なる宮町-西町-新町‐本町‐田町‐新田町から成っています。マピオンで拡大するとよくわかりますが、それぞれの町は小字にほぼ相当しているので、境界がたいへんわかりやすい(字石橋が新田町、字宮平・宮ノ後が宮町)。ストリート名称と現行地名が一致しない例が多いなか、安易な町名変更をせずわかりやすさを維持してきた足助には、地名マニアとして賞賛せずにはいられません。

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 足助の銀座は、田町になります。宿場町の中心部に枡形があり、その東側の町並が田町。風情を伝える建物が何棟も残り、商店もけっこうあって頑張っている印象です。
 現在は、対外的に銀座商店街の名称を打ち出してはいないようです。しかし地元では今でも銀座でけっこう通用する感じで、商店の組織名にも「足助銀座商業協同組合」と名を残しています。他のストリートには「新田町商店街事業協同組合」「本町発展会」「新町発展会」「西町発展会」があり、全域の統括的な組織として「足助中央商店街事業協同組合」というのが存在する模様。
 銀座の名前がいつ使われるようになったのかはよくわかりませんでしたが、戦前の資料には見つけられなかったので、戦後と思われます。おそらく組合発足と同タイミングではないでしょうか(確証はないのでご存知の方はぜひご一報ください)。そして、銀座にした理由は本町へのカウンターでしょう。「田んぼの田じゃイナカくさいし、いっそ派手な名前にしよまいか」という程度の理由かな、と…。

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 銀座の西入口には足助町道路元標が建っています。旧東加茂郡役所の入口にして、町のちょうど真ん中という絶妙の位置。

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 ところで、足助で面白いのは銀座の存在よりも、銀座の田町へのカウンターとして新田町があることでしょう。ここは明治になって新道開削により市街地が拡大してできた町とのこと。新銀座や東銀座ではなく、あえて田町の「新」というところが潔い…か?

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 ここは今でも「新田町商店街」を謳っているようです。 

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※クリックで拡大します

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西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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