ノーギンザ、ノーライフ

2016年03月16日
 前回の続きで「そう50号」連動ネタ。

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(飯田市銀座四丁目の廃ホテル)

 すべてのローカル銀座は本家の繁栄にあやかって名付けられたものですが、では、その町でなぜその場所が銀座を名乗ったのか。三遠南信の事例を検討したところ、一つの答えが導き出されました。第三の結論、それはズバリ「銀座は早いもの勝ち」。
 その地域で一番の商店街だから自然に銀座と呼ばれるようになったというわけでは決してなく、その地域で他に銀座を名乗っているところがなかったので「ならばウチで」というパターンがほとんどのようなのです。
 ここで大事なのは、銀座がある町にはほぼ例外なく、銀座以外のストリート名もあるということです。街区が複雑で、それぞれに商店街組織がある場合、銀座の名が発生しやすいと言えます。

160316-5.jpg(蒲郡本町銀座)

 たとえばそこそこ大きい町で銀座がない例を挙げると、東栄町本郷がそうです。ここの場合、多くの商店が連なるストリートは「万場通り」一本のみ。大千瀬川の対岸の近接地に「市場通り」もありますが、こちらはもともと旧下川村であり、万場通りのある旧本郷町とは自治体が違っていました。旧武節村と旧稲橋村で一体化している稲武もこれと同じ。
 設楽町田口の場合は(→●□)、細かく分けると本町・栄町・太田口ですが、外見上は一本の長い町であり全部まとめて一つの大きな商店街という感じなので、わざわざ一部分を切り取って銀座と名付ける必要もなかったのでしょう。旧東海道沿いの舞阪も同様で、西町・仲町・新町に分かれていますが実質的に一つの商店街という風情です。

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(本郷・万場通り)

 街区が複雑なのに銀座がない例だと豊川や西尾がそうです。これらに銀座がない理由はよくわかりません。まあ、必ずしも銀座が存在する必要はないのですが。
 推測するに、豊川の場合は観光要素が強い「門前町」なので銀座を打ち出す必要がなかったから?西尾の場合は、本町・横町・肴町・中町などの勢力が拮抗し「後付けの銀座なぞ不要!」というほど各町のプライドが高かったから?

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(豊川門前通商店街)

 では、銀座がある町の場合、その地位はどうなのか。銀座の規模はさまざまながら、それぞれの歴史を調べるとパターンがあることに気が付きました。おおまかに下記の三つに分類されます。

1、もともとその町ではランク下位だったエリアが、銀座の名をドカーンと打ち上げて既存のメインストリートに対抗した場合。
2、明治大正くらいまでは格上の町だったのに、新興商店街に押されて地位が下がってしまったため、それに対抗して銀座を名乗って勢力回復を計ろうとした場合。
3、新興商店街がその勢いに乗って銀座を冠し、従来勢力にダメ押しで差をつけようとした場合。

 ここで第四にして最重要な結論が導き出されました。すなわち「銀座はカウンターである」。おっと、これまたなんかカッコいいぞ。
 そんなわけで、マニア地域学の新基準ともいえるローカル銀座4原則「存在しない町もある」「多くは短命」「早い者勝ち」「カウンター」が出揃いました…って、大仰に言うほど大した発見でもないですが。次回からは各銀座を見てゆくくことにしましょう。
(まさ)

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