柱に再会

2016年01月27日
 また年末の蒲郡に戻りますが、とある取材で約10年ぶりに竹島の「海辺の文学記念館」に行ったところ、館内で意外なものに遭遇。

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 休憩ルームの入口に古い柱があしらわれているのだが、よく見るとこの柱、高架化前の蒲郡駅の跨線橋の柱なのである!

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 「明治四十四年」「鉄道院」「川崎造船所兵庫分工場鐡道部製造」の銘入り。この文化財がまさか生き長らえているとは思わなかった。この柱の現役晩年だった平成一桁代、これだけを撮りに蒲郡駅へ行ったことが懐かしく思い返されます。昔の恋人に再会したような気分…というか、モノが古すぎるので取材でお世話になった老郷土史家と再会した気分だ。
 そんなわけで昔の蒲郡駅の写真を。

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(1995.03.20)

 蒲郡駅のホームは駅舎にくっついておらず、必ず跨線橋を渡る構造になっていました。鉄道院の柱は改札を抜けてすぐ、跨線橋登り口の右側。写真を見ると、左側の柱には銘がありません。また、跨線橋を支える12本の脚もこの柱がありましたが、ホーム降り口にはなかったようです。

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(1994.07.22)

 跨線橋の柱だけでなく、ホームの柱も木製でよかった。

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(1994.07.22)

 北口の駅舎は特にどうということもない地味な鉄筋一部二階建てでしたが、いま見直すと味わい深いく感じられなくもない。庇や正面の一部を茶色に塗っているのは、没個性な国鉄標準型に少しでも風格を与えようという計らい…なのかな?

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(1995.01,.27)

 駅舎内には「きしめんコーナー」「コーヒーコーナー」のカンバンを掲げた喫茶軽食店もありました。その入口左右に、公衆電話と蒲郡競艇の出走表スタンドが置かれているのがまるで跨線橋の鉄道院柱のようでまたなんとも。
(まさ)

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