おやおや親柱0003

2015年12月19日
 春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」49号の連動ネタ。
 今回の「地名探訪」のテーマは船町駅であって町としての船町のことにはまったく触れていませんが、どんな町かというとこんな感じです。

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 Google Mapのストリートビュー的な写真だと、特にどうということはないですね。実際に歩いてみると川べりの町らしい空気は感じられますが…。
 豊川の堤防にあがると、船町と下地を結ぶ豊橋(とよばし)の際に小公園があり、ここに旧豊橋の親柱が移築保存されています。

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 大正5年から昭和61年まで使用されていたもの。旧字の「豊」(→●□)がものすごくパンチが効いてて、まさに親柱の逸品。親柱のサイドの板状の部分には卍を組み合わせたような柄があしらわれており、これも見事。
 どうして昔の親柱はこんなに威厳と気品があるんだろうか。現在の親柱デザインの主流は、今風の平たい墓石か田舎によくある横長の「土地改良記念碑」を小さくしたようなもので、どうにも興をそそられません。

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 この小公園には何の意味があるのかよくわからない築山があり、そこに登ると親柱の全容を見ることができます。保存親柱はどこにでもあるけど、このように配した例は珍しい。こんなことができるのは元の形状が美しいからこそ。
(まさ)
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東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
旧豊橋の親橋の保存されている状態は言われるように土地改良記念碑のようですね
残す価値はありそうですがもう少し何とかならなかったんでしょうか?

でもB級スポット的には次第点でしょうか
No title
まあこんなものでしょう。

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