廃岬0002

2015年12月31日
 今年の競輪グランプリは豊橋の星・深谷知広が不在で食指が動かん…などと言いつつ20.年ぶり2度目の現場観戦が叶い調布市の京王閣競輪場に行きました。いつも閑古鳥の鳴く場ばかりで、久々に大混雑、大歓声の公営レース場に行くとテンション上がりますなァ。レースも素晴らしい結末に終わり(→●□)、よき遠征であった。はっはっは。

 で、今年の最後も恒例、地味なところで締めくくり。
 衣浦湾にはかつて6本の渡船がありました。うち5航路は昭和31年の衣浦大橋架橋時まで、最後に残った半田-大浜航路は昭和44年の衣浦海底トンネル開通時まで運航されていたものです。
 先日、とある書籍の企画のためにそれらの三河側の渡船場跡を現況をチェックに回ったところ、高浜の田戸町で立派な記念碑を発見。

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 「田戸渡船番所蹟」碑だ!田戸と亀崎を結ぶ渡船は江戸時代からあり、その記念碑です。建立年は未刻ですが、昭和30年代のものと推察されます。
 ただし船着場跡はここではありません。高浜の海岸線は衣浦湾の開発により原型を留めておらず、碑も移設されたもの。もとは下図の青ラインが海岸線で、尖がった岬状のところから船が出ていました。古い地図を見ると、かわら美術館のあたりから弓なりの砂浜が続いていたようで、さぞ風光明媚だったことでしょう。



 田戸の岬跡の現況はこのとおり。

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 うーむ、つまらん。衣浦湾ほど景観的な面白味に欠く湾は他にないんじゃなかろうか。
 それはさておき、田戸渡船番所蹟碑の背後には「洲崎公園」という昔の地理的形状をよく表した名称の児童公園があります(地図の緑の部分)。

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 瓦の通路やモニュメントがいかにも高浜らしい、ということはさておきまして、公園の奥の方に鎮座する滑り台の形が前衛的すぎてなかなか凄い。以下、Eテレ「デザインあ」のデッサンあ風に角度を変えて見てみましょう。

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 その一。

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 その二。

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 その三。
 こういうわけのわからない遊具がいつ、どこの業者が、どういう意図でデザインして造ったのかという案内板を設置しておいてほしい…と思うのは僕だけでしょうか。
 そんなわけで、まったくもってどうでもいい話題で西三河のカテゴリが300に達したところで、今年もオシマ~イ。
(まさ)

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