西エントランス

2015年09月29日
 春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」48号連動ネタ、というかボツにしたネタ。
 毎回やってる地名探訪のコーナーでは、先に書いたように設楽町の田口を取り上げましたが、最初は豊橋市東部の西口町でできないかと考えておりました。
 西口は、かつて広大な荒地だった高師原の東端に位置しています。一帯は、戦前は陸軍の演習場となり、一隅に陸軍の教育施設が置かれてもいたのですが、戦後に払い下げられ、開拓と宅地開発が行われました。
 現在は特にどうということはない普通の住宅地で、主な施設には市営と県営の西口住宅、特別支援学校、福祉施設などがあります。愛大の学生時代、数日間だけですがここの福祉施設でバイトをしたことがあり、個人的に思い入れが…なくはない地域。
 西口のイメージというと、下の写真のようなところでしょうか。

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 うーむ、どうということはない。奥に見えるのは岩屋山。

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 わずかですが開拓地の名残りの畑も見られたり。
 この西口は、地名の由来が謎です。西口町じたいは、属していた渥美郡高師村が昭和7年に豊橋市に編入した際に成立しており、おそらく現存する小字の「西ノ口」から命名したんじゃないかと思われます。荒地なんぞにわざわざ町名を与えたのは、その後の都市計画を見越してのことでしょう…たぶん。ちなみに同時に、隣接する岩屋町も誕生しています。
 で、何が謎なのかというと、どこから見て「西」の入口なのかと。場所は高師村の東ではないか。岩屋山や二川宿から見ると西だけど、ちょっと距離があるし。

150928-3.jpg

 で、あとは団地ですね。「豊橋百科事典」によると、市営のほうは4階建てが昭和40年、5階建てが昭和43年の建設。県営のほうは昭和45年の建設とのこと(県営の一棟で定礎の銘板を見たら昭和55年の竣工だったが)。
 そしてこの団地にも、地名の謎があります。

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 それは、西口住宅を名乗っているのに、市営・県営住宅の敷地と福祉施設群の敷地が、西口町ではなく「高師町字北原」になっていること。Mapionも参照されたし。旧陸軍用地であることが関係しているとは思うが…。

150928-5.jpg

 でもって市営住宅の方は、自治会名が「西口二丁目」となっている!一丁目はないらしい。
 こことは関係ないけど西口といえば、豊橋駅西口のことを地元では「西駅」などと呼んでおり、昔から疑問です。なぜ?
(まさ)

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東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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