ピュアピュア気賀リップス

2015年09月21日
 春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」48号連動ネタ。
 今号は巻頭特集で「××口駅」がたくさん取り上げられております。三遠南信には赤岩口とか稲荷口とか西尾口とか、現役・廃止含めてたくさんの「××口駅」がある、ということを一年前の編集会議で話したら、なぜか特集としてネタが採用されました。ネタ出ししただけで記事は担当しておりません。
 この中で浜松のOさんが遠鉄奥山線の旧気賀口駅(昭和39年廃止)の記事を担当されており、現役当時の写真を遠鉄から借用して掲載されています。わたくし、奥山線の廃線跡は平成2年に歩いておりまして、先日90年代の遠鉄バス停を掲載した折にそのとき撮った駅跡の写真が出てきましたんで、比較していただけるようアップしておきます。

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(1990.11.15、以下3点同じ)

 気賀口駅は現在のハローワーク細江の場所にありました。撮影当時はハローワーク庁舎の建設前で、駅の用地が未舗装状態で残っておりました。って、廃止後26年の撮影なんて時期的に中途半端すぎて、特にどうということはないですね。

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 しかしこれはちょっと貴重なんではないかと思う。気賀口駅跡から奥山方面へすぐ、県道362号を越えたところに用水路があり、そこに架かっていたコンクリ橋の名称がなんと「軽便橋」。昭和60年11月完成と銘板に刻まれています。90年代後半だったか、この用水路は宅地造成で埋められてしまい、銘板もどこへ行ってしまったのか…。

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 この時は終点の奥山駅跡もチェック。未舗装の遠鉄バスの車庫になっており、民家風の乗務員休憩所がありました。現在もバス留置場になっていますが、さすがに舗装されています。
 立っている二人は大学のサークルの同級生。女子連れでいったいなにをやっておるのか。しかし今にして思うと、記録写真には邪魔だ…。

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 奥山線の前には、金指から井伊谷まで伸びていた住友セメント浜松工場専用線と、工場から白岩の鉱山まで伸びていた鉱石運搬線の廃線跡も探索しています。金指~井伊谷~奥山~竜ヶ岩洞~気賀と、一部バスに乗ったほかはほぼ歩いたのでした。若かった。
 写真は鉱山跡に続くトロッコの軌道敷跡。このあとチェックに行っていないので現況は不明。沿線でガーター橋も発見して写真を撮っていますが、もはやどこなのかわからない。

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 気賀口といえば先日、口が付かない気賀駅のほうへ十年ぶりくらいに行ってみたら、駅舎とホーム上屋が登録文化財になってて驚いた。こんなものが文化財として価値が認められるなんて、いやー、いい時代になったものだ。駅舎内に奥浜名湖観光協会が入居していますが、施設的には25年前とほぼ変化なし。
(まさ)

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遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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