過去の遠鉄バスにおけるバス停のバリエーションの件

 90年代のバス停写真はキリがないのでまたの機会に…と言ったそばから、ついでなのでバス停ポールだけの写真をいくつか。

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(引佐・奥山バス停 1996.02.02)

 まずはもっともスタンダードな形状のひとつ、市街地および主要停留所用のラケット型バス停。手書きっぽい文字が最大の特徴。現在のものは、既成品フォントの停留所名の下にアルファベットを併記していますが、当時はありませんでした。
 写真は奥山半僧坊(→●□)最寄りの奥山バス停。見どころは、次の停留所として廃止された奥山高原方面の「自然休養村」バス停が入っていることと、行き先欄に同じく廃止された舘山寺奥山線の「舘山寺温泉」バス停が入っていること。二つの観光地を結ぶマニアックな路線を近年まで存続させていた点は、さすが遠鉄といったところ。

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(浜松・新津町バス停 1995.01.26)

 浜松市街ではこのような四角柱型も、わずかですがありました。写真は早出線の新津町バス停。早出線は早出上公園行きのほか、当時は曳馬地区を経由する環状系統もありました。

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(浜松・村櫛海岸バス停 1996.04.22)

 続いてローカル系統のスタンダード、カマボコ型バス停。後継タイプは鉄製ですが、当時はプラスチック製で、ときどき割れているものも見かけました。
 写真は舘山寺線の観光系統で、一般便の終点である村櫛を通り過ぎて中之島経由で弁天島温泉へ行く区間の停留所。いちおう村櫛海水浴場の最寄りですが、こんなところで下車した客がいたんだろうか。

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(引佐・川名バス停 1992.03.09)

 これはおそらく、ローカル系統の前世代型バス停。天竜川以東には当時いくつか残っていたように思いますが、天竜川以西ではここ以外で見た記憶がありません。昨日の神増原バス停は赤・黄・赤の配色でしたが、こちらは色が褪せたのか白・赤・白に赤の縁取りになっています。
 川名バス停は、車庫のあった伊平と東久留女木新田を結ぶ渋川線支線の系統。

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(磐田駅前 1992.12.24)

 最後に、磐田駅前のバス乗り場案内板。まだ「国鉄磐田駅」の表記のまま。背後には国鉄臭がプンプンだった旧磐田駅舎や、自笑亭の外付け立ち食いソバスタンドも見えます。
 磐田はこのあと、駅舎だけでなく駅前広場や駅前通りまで一掃してしまい、当時と今ではまるで別の町になっちゃいました。もはや市街中心部にマニアが見るべきものはありません。
 そんなわけで、キリがないので続きはまたの機会に…。
(まさ)

◎過去の豊鉄バスにおけるバス停のバリエーションの件→●□
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コメント

柴田

No title
しらゆりタイプのバスロケは、コストを抑えて広く普及させるため、遠鉄が最初らしいです。

まさ

No title
さすが遠鉄!あの頃は本当に輝いていたよなあ…。
それはさておき「白百合型」というタイプ名称があるとは知りませんでした。
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MARUKA-DO

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東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
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活動拠点…西三河・知立市
まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身

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