タウンアーチの先へ0049

2015年09月07日
 夏の出し漏らしネタ。8月半ば、何かの用事があって海部郡方面に行き、十何年かぶりに甚目寺観音と門前界隈をウロウロしてみました。甚目寺門前には商工会アーチがいくつかあり、町の味わい深さを倍増させていて実にいい。

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 重要文化財の南大門と、特に文化財的価値は認められていないアーチである。

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 重要文化財の東門と、特に文化財的価値は認められていないアーチおよび商店街である。シブい、シブすぎる!
 このアーチには珍しく製造年と製作者を記した銘板が付いており、甚目寺町制50周年記念事業の一環で昭和57年10月に中央スタヂオという業者が製作したらしい。

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 参拝したら、境内で興味深いものを発見。大正6年に、大須にあった旭遊廓の楼主・林政治郎が寄進した「ミニ四国八十八ヶ所」です。
 この人は知多四国の弘法道の丁石や標柱などを多く寄進しており、これとほぼ同じ大きさ、同じ書体の標柱が、常滑の知多四国66番中之坊寺にあります。探せば名古屋近郊でもっと発見できそうだ。

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 ミニ八十八ヶ所の一番には、地元の人の寄進を示す標柱も立っていました。政治郎氏と地元の共同製作ということか?解明したい!けど、解明したところで「だからナニ?」という感じになりそうな気がしなくもないですが…。

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 オマケ。南大門門前の公共施設「甚目寺会館」の片隅に、甚目寺村道路元標が転がしてあった。甚目寺会館内に民俗資料館もあるのにこの扱いはいかがなものか…と言いたいところだが、石標の地中部分がこれだけ長いことが分かるし、これはこれでまあいいかな。
(まさ)

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◎弘法ネタ参考記事
遊廓楼主寄進物について→●□
ミニ八十八ヶ所について→●□●□●□
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尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
No title
道路元標の地中部分、意外ですね。
工業用語でいう「安全率」をどこまで見るか、、、石工さんの考え方が表れてるということでしょうか。
石像を彫ってる石工さんに聞いた話では、「石像なんか意外と倒れないもんだよ」って人もいて大丈夫かなーと思うんですけどね。
安定したバランスさえ気をつければいいのかも知れません。実際、倒そうとしても、そうそう簡単に倒れるとは思えないし。でも道路元標は地面に埋める部分が必要でしょうけど、こんなに長くなくても、、、と。石材がこのサイズだったのかも。
林政治郎の石柱はどこかで見たことが有りますがどこだったか?
一時「伊藤萬蔵」の石柱を撮り出したことがありますが、もう手一杯で。
No title
石造物マニアはお馴染み、キヨスの柴山藤蔵の寄進物もありました。
マンゾーさんはあまり切りがなさすぎるので、手を出さない方が賢明ではないかと。そのうち四国まで行かなきゃならないし…。

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