さらに岡崎城石モノもう一題

2015年05月24日
 石造物がわんさかある岡崎公園の中で、僕が一番好きな石モノは天守閣の前にあるこれです。

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 昭和10年に建立された「東照公遺訓碑」だ!
 東照公は家康のことで、遺訓とは「人の一生は 重荷を負うて遠き道を行くが如し  急ぐべからず  不自由を常と思えば不足なし…」という有名なフレーズの一文です。
 台座の巨大な亀が見ものですが、僕はそこよりも上のほうが好き。

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 実に精緻、美しすぎる。
 しかしこれは何なのか?鳳凰的な何か?疑問に思ってりぶらで資料を探したところ、「石都岡崎」というむかし地元新聞に連載された記事をまとめた冊子に碑が紹介されており、これは龍とのこと。つまり龍城(岡崎城の別名)を意味している、と。
 冊子には、作者である池上年(いけがみ ねん)の経歴や他の作品も紹介されています。この人は石工・石造物設計者・石造物研究者で、岡崎産品の品質向上に尽力した岡崎石業界の功労者。石工というより美術家あるいはプロデューサーと見たたほうがよさそうです。
 以下、冊子記事から作成した年譜。

明治23年 広島県福山生まれ、京都工芸学校図案科卒。
大正6年  岡崎市立商業学校に美術教師として赴任
大正12年 皇太子御成婚記念として献上する石燈籠のデザインを岡崎市より依頼される。
       以後、燈籠をはじめさまざまな石造物の製作に携わる。
大正15年 教職を辞し岡崎石工芸術研究所を設立。池上&研究所の作品を全国に残す
昭和53年 没

 城内にはこのほか、胎児の家康をくるんでいた膜を埋めたという(なんでそんなものを…)「えな塚」や、産湯湯の水を汲んだ井戸の傍らに建つ記念碑も池上年の作品とのこと。これらもなかなか味わいのある作品なのですが、案内板には作者について触れられていません。家康云々もさることながらこれほどの石造物の作者ももっと顕彰されていいと思うのだが、岡崎では忘れ去られた人なのだろうか?
(まさ)
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西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
残念ながら岡崎市は
家康にしか興味ないので
他の記述が無いのは
仕方無い(当たり前)です(≡ ≡)
No title
常滑焼以外の研究は手薄な常滑市みたいなもんですね。

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