意外な国鉄の遺物

2015年04月26日
 西尾に続いてこれまた三月アタマの話ですが、久しぶりに長野県最南端駅の所在地として知られる天龍村の中井侍へ行き、取材先の製茶組合の方から聞いた情報。
 中井侍では昭和40年代後半から茶の産地となり、生産量が増えたのを受けて昭和50年頃に自前の製茶工場を区内に設けたのですが、その建物がなんと国鉄の施設を転用したものという。

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 中井侍-伊那小沢間の観音山トンネル付け替え工事(昭和49年)のとき、現場の工事事務所として使われていた建物の移築だそうです。

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 正面から見るとよく分からないけれど、横から見ると構造が確かにそれっぽい。工場を建てるとき「地元で使うならば」と無償提供の話があったので、渡りに船と譲り受けたとのこと。このような知られざる転用例は、きっと他にもあることでしょう。

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 話をうかがった方によると、自家用にのみ茶を作っていた昭和30年前後には小和田の製茶工場(→●□)に持って行ったことがあったそうな。その方いわく「小和田の製茶は上手だった」と。機械の製茶にも上手下手があるとは。

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 あと、中井侍駅にはかつて駅舎があって切符の委託販売を行っていた(※委託は昭和46年まで)との証言も得ました。この狭いホームのどこに駅舎が建っていたのだろう?きっと待合室に毛の生えた程度の小さいものだったのでしょう。
(まさ)
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伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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