恋のアーケード0032/タウンサインの研究0063

2015年04月14日
 そんなわけで吉原の店をちょいと冷やかしてみたり…はせず、大門跡からそのまま東へ進んで台東区日本堤一丁目へ。日本堤は別名「吉原土手」で、浅草から吉原へ行くルートだったとか。
 非常にマニアックな話ですが(いつもか)、戦前まで亀崎の酒蔵が「日本堤」という酒を造っており、その後、成岩の知多酒造(→●□)に銘柄が譲渡され、80年代前半まで販売されていたようです。なんで知多半島の蔵元が江戸の地名を酒の名前にしたのかよくわかりませんが、廻船で酒を江戸に運んだ時(知多の酒は江戸で「中国酒」と呼ばれ人気があった)、ちょいと吉原まで遊びに行ってたいそう楽しかったもんで、つい採用しちゃった…というところでしょうか。
 そんなことはどうでもよくて、大通りからちょっと中に入ると、不意にアーケード商店街が出現。

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 江戸文字の「いろは会」と、昭和50年代ぽいファンシー書体の「ショップ・メイト」がアンバランスで、実にこう、パンチがきいております。
 でもって、大須ではなくどこか円頓寺的な雰囲気の漂うアーケードの中に入ってみたら、本当のパンチが飛んできた。

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 この町は山谷(さんや)に隣接しており、なんと「あしたのジョー」の舞台だったのである!って、世代的に読んでいませんが…。
 「いろは会」のサイトによると、さすが東京、商店街はかなり歴史があるらしい。商店街組織は大正8年に結成され、「いろは会」の名が付いたのは大正11年。アーケード完成と「ショップ・メイト」の愛称は昭和51年。あしたのジョーでのふるさととしての売り出しは平成22年。そんな商店街の明日はどっちだ。

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 日本堤からさらに歩きまして、都電荒川線の終点の三ノ輪橋駅に行くと、こちらにもアーケード商店街が伸びていました。商店街名は「ジョイフル三ノ輪」。オランダ国旗と同じ配色の横断幕が掲げられていますが、別に蘭学ゆかりの地とかそういうことではない…と思う。ピンク地のフラッグには都電が描かれています。

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 商店街キャラは日本堤の矢吹丈とは対照的な雰囲気の、昭和50年代チックな「ジョイフルくん」だったヨ!(名前はテキトー)
(まさ)
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