ヨシのワラワラ

2015年04月12日
 三月末は数日間、例によって「Iターン里帰り」で千葉県北総へ。今回は妻子が先行し、僕は仕事を片付けてから一日遅れで追っかけ。単独行動だったので千葉入りするまえに東京をフラフラしてみようってんで、上野あたりから吉原まで歩いてみました。
 吉原は、言わずと知れた日本最大の遊廓があった場所。現行地名としては残っておらず、現在は台東区千束四丁目の一帯になります。浅草寺から北へ1キロのところ。

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 西外れから吉原中心部を見るとこんな感じです。それらしい風景には見えませんが、町の中ほどまで行くと、風俗店が建ち並んでいて驚いた。店の人もあちこちに立っているし、そんなところでカメラを構えるのは野暮な田舎者の所業ですんで、要部は撮っておりません。

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 ちょうど吉原の「裏門」にあたる場所に「仲之町通り」を示すポールが立っていました。仲之町といえば思い出すのが、豊橋の東田仲の町。そこはもと赤線で、東田遊廓が消滅した戦後、旧遊廓の隣接地の一角を造成して再興された「東田園」に相当します(→●□)。町名は赤線廃止後の昭和35年に付けられましたが(それまでは岩田町の一部)、間違いなく吉原の仲之町にあやかっての命名。豊橋なんぞにも粋な役人がいたもんだ。

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 表入り口の「大門(おおもん)」跡地にも同様のポールあり。落語の明烏のサゲに出てくる「大門で止められる」ってのがここかァ、おそれいったねどうも、ってなもんで田舎者らしく感動しました。
 大門といえば思い出すのが、名古屋市中村区の大門町。こちらは中村遊廓のメインストリートに相当する町名になります(→●□●□)。ここの場合は「だいもんちょう」と読むはずだが、今、郵便局の郵便番号検索サイトを見てみたら「おおもんちょう」になっている。いつの間にか読み方が変更されたのだろうか?

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 吉原遊廓の南西にある吉原弁財天にも寄ってみると、玉垣に落語の文七元結に出てくる吉原きっての大店「角海老」の名が!こいつぁおみそれしやした、ってなもんで、田舎者らしく感動しきりの次第です。
(まさ)
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