轟く叫びを耳にして

2015年04月06日
 揖斐川町の実家に帰った土曜日、用事があってたまたま隣町(大野町)の旧黒野駅跡前を通りかかったら、公園化された駅跡で式典が催され人がわらわら集まっていた。何事かと思って見に行ったら、むかし揖斐線を走っていたモ512が来年3月まで期間限定展示され、その「おかえりなさい式典」なのでした。

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 どこにあったのかと思ったら、旧美濃駅で保存展示されていたのをレンタルしたとのこと。うーむ、この車両が美濃市に行っていたとは知らなかった。子供のころから何度となく乗っていた電車が、こうして文化財的に展示される日がこようとは…。
 それどころか、黒野駅跡がこのようにきれいに公園整備されていたのも知らなかったぞ。10年前に廃止されてから来ることがなかったので、僕の中では黒野駅はまだ電車が走ってたころのまま。さっぱりしすぎのこの風景にはまだ慣れません。
 ちなみに本揖斐駅跡は「さっぱりするぎにも程がある」という整備をやらかしており、黒野までとはいかずとももうちょっとメモリアルな場にすればよかったのにと思うのだが、まあ、わが町の行政にはその手のことは期待できん。
 なお、祭の法被を着た子供たちはイベントのにぎやかしではなく、隣接する八幡神社でちょうど例祭があったから。

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 駅舎は、1階がイートインスペースの広いパン屋に、2階は大がかりな鉄道模型ジオラマ展示場になっていた。考えてみると、子供の頃から馴染み深い駅舎なのに2階を意識したことはなかった。そうか、2階があったんだなあ。廃止前に上がりたかったぞ。

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 そんなこんなで親が感傷に浸っているあいだ、3歳児は大野町のジオラマ(の外縁を周回する新幹線)に釘付けなのであった。黒野駅の隣の中之元駅まで再現されており、感涙。
 どうもいいですがわたくし高校生のころ、中之元駅の業務委託最終日に硬券切符を買いあさりにきており、それをネタにエッセイを書いて「旅と鉄道」誌の読者投稿コーナーに応募したら採用されたという輝かしい過去があります。今だに同じようなことをやっててメシの種にしているわけで、我ながら進歩がない。

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 あとオマケ。むかしの改札口に駅の備品であろう金庫が置いてあり、その銘板が逸品。「坂登屋」に聞き覚えがあると思ったら、尾張横須賀の事務用品店らしい。このネタはそのうちローカル媒体向けに突っ込んでみようと思います。
(まさ)
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岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
この変貌ぶりは...
路線廃止が決定した後に

市電に揺られて「黒野駅」まで
家族みんなで出かけましたが…

この変貌ぶりは
残念としか 言えませんが

時代の流れですね〜
No title
いやほんと、昔はよかった…。

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